8.

5/8
354人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 音もなく、抱き寄せられる。宗佑の背中に添えられる悠李の手のひらに力が入るのがわかった。 「帰らない」 「え?」 「きみのそばにいる」  耳もとでささやかれ、心臓が跳ねる。体温と心拍数が上がり、宗佑は目を大きくした。 「川上さん……?」 「つらかったね、今まで」  悠李は宗佑を抱きしめたまま、宗佑の頭を撫でてくれた。 「ずっと一人で我慢してきたの?」 「いや、そんなことは……」  からだを(よじ)り、悠李から離れる。悠李は無理に追いかけてこず、宗佑は言った。 「親父がいたから、おれには。不器用な人だったけど、信頼してた」  警察官だった宗佑の父親も、今の宗佑と同じ刑事課で働いていた。母親との離婚が成立し、当時小学生だった宗佑を男手一つで育てなければならなくなってからは異動を希望したそうだが、結局病気が悪化して入院するまで刑事の仕事を続けていた。  そんな父親が誇らしかった。一緒に過ごせた時間は短かったけれど、家に帰れば父は宗佑の話をよく聞いてくれた。悠李の父とは違って仕事が趣味のような人で、けれど宗佑にはそんな父の姿が輝いて見えていた。  父のような刑事になりたくて、父に勧められた大学進学の道は選ばず、高校を出てすぐに警察官になった。最初は猛反対されたが、最後には制服姿の宗佑を見て笑い、「似合うよ」と言ってくれた。父の笑顔を見たのは、その時が最後だった。 「でも、今は一人だ」  悠李は心配そうな目をして、宗佑の頭に右手を載せた。 「我慢してるでしょう、いろんなことを。怒りも、苦しみも、他の感情も全部、一人でかかえ込んじゃってる」  わしゃわしゃと頭を撫でられる。手のひらから伝わる熱がじんわりと心にまで染み渡り、目尻が潤む。  あたたかい彼の優しさが嬉しい。彼の手を振り払うことも、悪態をつくこともできない。  宗佑の頭からそっと手を下ろした悠李は言った。 「一つ、謝らせてほしい」 「え?」  宗佑が顔を上げると、そこには悠李の真剣な表情があった。 「俺も同じだった。はじめてきみと出会ったあの撮影の日、きみに一目惚れしたんだ」 「は?」  一目惚れ? なんの話だ。  理解の追いつかない宗佑をよそに、悠李は続ける。 「きみがあまりにもかわいくて、一目で好きになっちゃった。でも、ごめん。そうやって見た目だけで判断されることがきみは嫌だったんだよね」 「ちょっと」  さりげなく、とんでもないことを言われた気がした。宗佑は混乱したまま右手を持ち上げ、悠李を制する。 「ちょっと待って」 「うん」 「あんたは、その……ゲイ、なの?」  男が男を好きになる。悠李が宗佑を好きだというその気持ちは、いわゆる同性愛というやつなのか。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!