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 取調(とりしらべ)室を出るなり、卯月(うづき)宗佑(そうすけ)は大きく息を吐き出しながらネクタイに手をやった。ぐいとやや乱暴に緩めると、少しだけだが新鮮な空気が胸に入ってくるのを感じられた。  厄介な被疑者だった。集団リンチ事案の主犯格と見られる男で、まだ二十一歳と若い。しかし神経は図太く、逮捕されてからすでに四時間以上経過しているというのに自分の名前以外にはなに一つ言葉を発していない。  宗佑が過去に担当した事案の中でも、今回の被害者はひときわ残忍な殺され方をしていた。  今年高校生になったばかりの十六歳の少年で、理由は現時点では不明だが、同年代の少年たちから金属バットなどで全身を殴打される暴行を受けた。検視官の報告では殴られてから死に至るまで相当の時間があったというが、犯人グループは事件現場に血だらけの被害者を放置し、暴行を受けた翌日に被害者の少年は遺体となって発見された。  本事案に関し、宗佑が籍を置く刑事課強行犯係は少年事件を専門に扱う生活安全課少年係にも応援を要請し、合同での捜査が展開された。結果として逮捕された少年らは延べ五人。事件が明るみに出てから二日後のことだった。  逮捕された者のうち、三人が二十歳未満の男子だった。民法における成人年齢が十八歳に引き下げられたことを理由として、少年犯罪について定める民法の特別法である少年法も一部改正されたのだが、同法の適用範囲は依然として十九歳以下の少年とされている。  少年法にかかる犯罪の捜査は刑事課ではなく生活安全課の管轄であり、取調べについても、二十歳以上の被疑者は宗佑たち刑事課が、十九歳以下の少年たちは生活安全課の捜査員が対応に当たっていた。それぞれの係の配置人員は多くなく、係員総出(そうで)での捜査だった。 「お疲れ様です」  閉めた扉の脇で壁に背を預けていると、左から誰かが宗佑に声をかけてきた。  ちらりと目を向ける。濃紺のスラックスに包まれた長い足をゆっくりと動かして近づいてくる人影に、あんたか、と喉の奥まで出かかったのを無理やりのみ込んだ。  一八〇センチを大きく超える長身。涼やかではっきりとしたふたえの目もと。肌の色は白く、まろやかで優しげなオーラを常にまとい、黒いショートヘアは前をやや重めにした流行りのカットで腹が立つほど似合っている。ジャケットは取調室に置いてきたのか、細くストライプの入った白いシャツ姿だった。肘までまくられた袖の先には、宗佑と同様、捜査資料を挟んだファイルがある。  壁から離れて姿勢を正し、宗佑は現れたその人――生活安全課少年係・川上(かわかみ)(ゆう)()巡査部長に軽く頭を下げた。
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