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「悪いけど、これにサインしてください」
妻の千佳がテーブルに置いたのは離婚届だった。すでに彼女の分のサインは入っている。
俺は驚いて、彼女の顔をじっと見つめたまま、言葉を失った。
千佳の顔は真剣そのものに見える。
どうやら悪い冗談を言っているわけではなさそうだ。
「おいおい……いきなり何を言い出すんだよ……」
絞りだすような小さな声で俺は聞く。
千佳は呆れたように小さく溜め息をついた。
「もう決めたのよ。あなたとはこれ以上、夫婦としてやっていけそうもないから。終わりにしましょう」
しばらく俺たちは黙り込んだ。
暑い時季でもないのに、頭に汗をかいているのがわかる。
長く重い沈黙が続いたあと、俺はやっと額の汗をぬぐいながら言った。
「一体どうしたっていうんだ。俺に何か不満があるのか? たしかに夫として拙い部分があるのは認めるけどさ」
「言ったでしょ。もう私たちは終わりなのよ」
「まさか、好きな男でもできたのか?」
俺の問いに今度は千佳のほうが黙り込んでしまった。
どうやら図星らしい。
彼女は思っていたことを言い当てられると、目が泳ぐのだ。
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