11.一枚の写真

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11.一枚の写真

「ご注文のコーヒーとサンドイッチです」  平日昼下がりのカフェ・レインキャッチャー。カウンター席の片隅で、和子はさっそくコーヒーのカップを手に取り、香りをたしかめる。カウンターの向こうでは緊張した顔のマスター。 「うん。今日もなかなかのものよ。さすがね」  和子の言葉にマスターはホッとしたのか、表情が緩む。 「よかった。じゃあゆっくりしていってね」  マスターは和子にそう告げると、他のお客さんの接客に向かった。  和子はカップをソーサーに下ろすと、カウンターの後ろの壁を見つめる。フレームに収められた一枚の写真が飾られた壁だ。『純喫茶 あまがさ 昭和50年春開店』との説明とともに透と和子、それに千夏と学が店の前に並んでいる光景を収めた一枚の写真。 「もう五十年近くも昔のことなのね……」  和子はその写真を見つめると少しだけ寂しい表情を浮かべ、そして気を取り直すようにサンドイッチを手に取る。孫の作ったサンドイッチももちろんおいしい。でも、あのときの透の作ったサンドイッチの味には二度と出会えないと思いながら。 (おわり)
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