03.ガマンのゲンカイ

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03.ガマンのゲンカイ

 まさか浮気でもしてるのだろうか。そんな疑念が和子の胸に浮かんだまま消えなかった。食事の準備をしているとき、洗濯物を干すとき、買い物をしているときにもそんな疑念が頭をよぎり、そのたびに暗い思いがやってきた。  でも、そんなことは誰にも相談できなかった。夫が浮気していると思っても、誰に相談すればいいのだろう。 「夫の帰りがいつも遅くて。それに日曜日だって仕事だって言って出ていくのよ。おかげで子どもたちがすっかりつまらなさそう」  近所の主婦たちに冗談めかしてそう愚痴るくらいが和子にできる精一杯の相談だった。けれど、近所の主婦たちは同じ答えばかり。 「いいじゃない。旦那なんて早く帰って来られても鬱陶しいばかりだし、日曜に家に居座られてもねえ。掃除の邪魔よ」  そんなことを言われると、和子もそれ以上は深く真剣な相談などできなかった。家に帰って夕食の準備をし、千夏と学とともに父親の帰ってこない夜を過ごし、二人を風呂に入れて透の帰りを待つ。そんな毎日が続いた。 「ごめんな。明日の日曜日、お父さんは用事があって出かけなきゃいけないんだ。わかってくれよ、二人とも」  土曜日の夕方、ひさしぶりに千夏と学の遊び相手になっていた透が二人にそう告げた。二人はわかりやすいほどに落ち込む。 「お父さん、いつもお仕事だって言ってちっとも遊んでくれないじゃない。そんなに私のこと嫌い?」  不安そうな顔の千夏が告げる。そんな千夏の表情を台所から見ただけで和子の胸は痛んだ。透も申し訳なさそうに千夏を見つめる。 「明日、お出かけしないの?」  学が父親を悲しげに見上げる。今にも涙のこぼれ落ちそうな目で。 「ごめんな、学。どうしても抜けられない用事があるんだよ。もう少ししたらたっぷり遊んであげるから、それまでの辛抱だ」  そう語る透を見つめる学の目から、ひと筋の涙が流れる。 「ねえ、お父さんはいつもいつもお仕事だって言って遊んでくれないでしょ。僕にもガマンのゲンカイがあるんだから」  学は父親にそう告げて、お茶の間の隣の寝室に入って行った。
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