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01.夫の帰り
ここのところずっと夫の帰りが遅い。和子は二人の子どもを寝かしつけながら、心の中で小さくため息をつく。千夏と学の姉と弟は、布団の中でじゃれあって遊んでいる。眠そうな顔をしながらも、まだ遊びたくてしかたないようだ。
「さあ、もう遅いから早く寝なさい」
和子は千夏と学にそう告げる。けれど、二人は母親の言葉に耳を貸す気配もない。和子は時計をもう一度たしかめる。時刻は午後九時をとっくに過ぎていた。
「ねえ、明日も学校と幼稚園があるんだから。遊んでないで……」
千夏と学は布団の中に入ったまま、ふたりでテレビで見たアニメのキャラクターの真似事をしている。
そんな二人に、和子はつい声を上げてしまう。
「いいかげんに遊びはやめなさい。何時だと思ってるの」
母親に叱責された二人はさすがに遊びをやめ、決まりの悪い表情を浮かべる。布団の上で姉の千夏は和子にたずねる。
「ねえ、お父さんはまだ?」
千夏はまだ小学校の低学年だ。昨日も帰りの遅い父親と話す時間もなかった。今朝の朝食のときには父親と顔を合わせたものの、登校や出勤の準備で慌ただしく、まともな会話すら交わしていない。
「そうねえ。お父さんはお仕事だからね」
和子の言葉に、学もつまらなさそうな顔を浮かべる。
「つまらない。最近お仕事ばっかりで遊んでくれないもん」
幼稚園児の学は、忙しい父親と遊べない日々。
「だって、お父さんはおうちのために夜遅くまで働いてるのよ。でも、きっと日曜日には一緒に遊んでくれるかもしれないね。だから、二人とも早く寝ないと」
「うん」
二人は和子の言葉に素直に従い、布団の中で目を閉じる。和子はそんな二人にホッとしながらも、自分がたったいま二人に告げた言葉が本当のことになるかどうかはわからないままだ。最近だって、日曜日は仕事の付き合いなどと言って、家を空けることが多い。
「ねえ、本当に日曜日にはお父さん、遊んでくれる?」
学がぎゅっとつぶっていた目を開け、和子に聞いた。
「そうねえ。また明日の朝、学から頼んでごらん」
「うん」
学は安心したみたいに、満面の笑顔を浮かべる。
「じゃあ、本当におやすみ」
和子の言葉に学はおやすみとこたえて、眠りに落ちていった。千夏は二人の会話にかまうことなく、とっくに深く眠っていた。
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