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カタカタカタ…
キーボードをたたく音がフロアに響く。本来なら誰もいないはずのオフィスに男が二人座って難しい顔で画面とにらめっこをしている。
他の人たちはもう帰ってしまっており、残るは隣同士に座る男たちだけになった。
ゴォォォォ…
エアコンはついている。が、それでも手先の寒さは治まらない。冷え性にとっては辛い環境だ。
それもそのはず。窓の外には雪がちらついていた。隣のビルの明かりに照らされて灰色に見える雪が時折窓をガタガタと揺らす。そして窓の外から聞こえる音楽と相まって不思議なセッションを奏でていた。
カタカタカタ…
ジングルベル♪ジングル…
カタカタカタ…
ガタガタ…
カタカ…
「やってられっかぁぁ!!」
突然右の男が大声を上げた。その左隣に座っている男がはぁとため息を吐いた。
「どうしたんすか?栗田先輩」
「おい、須田。今日が何日かわかるか?」
「はいはい。12月24日ですね」
「そうだ。断じてクリスマスなどというクソみたいな名前の日ではない!」
栗田は大きな声で後輩である須田に熱く語る。もうこのフロアには二人しかいないので遠慮なく大きな声が出せる。
現在、9時45分。一応フロアの電気はつけている。うちの会社は午前0時までは電気が通っている。これで電気が通っていなくてパソコンの明かりだけで作業することになったらみじめすぎる。
「ったくなんでこんな日にまで残業しなきゃならねーんだ…ふざけんな」
「寒いっすもんね~。先輩冷え性でしたっけ?これいります?」
そう言って須田が先ほど自販機で買ってきたじっく〇コトコトを差し出してきた。「サンキュ」と言って栗田は遠慮なくそれを受け取って指を温める。
「ったくよぉ!なんで雪降んだよ!さみぃよ!」
「久しぶりのホワイトクリスマスですねぇ…」
栗田の文句に須田がしみじみと答える。栗田はその単語に目ざとく反応した。
「おい、今クリスマスっつったか!?」
「あ、やっべ」
栗田の指摘に須田がやらかした、という風に天を仰ぐ。
「なぁにがホワイトクリスマスだ!喜んでんのは一部の連中だけだぞ!大半の人間は迷惑に思うだけだ!」
「今年はどれぐらいの人が転んでけがしますかねぇ…」
須田が毛布に手を突っ込みながらまたしみじみとつぶやく。栗田はそんなものに興味はない。
「何がそんなにありがたいんだ。俺はそいつらに聞きたいね。Why?と(ホワイと)」
「あんた、それが言いたかっただけだろ」
ズズッとぜんざいを飲みながら須田がつぶやいた。
「少し休憩して雪でも見てきたらどうっすか?ホワイトなものを見たらこのブラックな現状も少しは心安らぐかもしれませんよ?」
「ブラックだけにぶらつくってか!?ハハハハ!!」
「あんた、今日ほんとどうしたんすか?寒さで頭おかしくなったんすか?」
栗田の渾身のボケに須田は異様なものでも見るかのような目つきで見てきた。…確かにちょっとおかしいかもしれない。
「んじゃ、お言葉に甘えてちょっと外出てくるわ」
「はい。いってらっしゃい」
栗田は部屋を出て階段を降りて二階に着く。二階にはおしゃれなウッドデッキがある。いつもはカースト上位の奴らがいるが、さすがにこの時間には誰もいなかった。
窓を開けると冷気がびゅおっと栗田を襲う。「うぅ…」とうめきながらも栗田は外に出た。
手すりから下を覗くと通りを歩く人々が見えた。皆一様に寒そうにコートのポケットに手を入れて足早に歩いている。
(お疲れさん)
栗田はそんな人たちを心の中で労った。
ただし例外的に身を寄せ合って楽しそうに歩く男女もいた。
(転べ転べ転べ転べ転べ………)
栗田はそんな人たちを心の中で呪った。
そしてふと我に返り、ため息を吐く。
(何やってんだかな、俺…)
そして上を見上げて自分の部署の窓を探してみた。が、全然分からなかった。
「はぁ…戻るか」
体も冷えたし、また何か温かいものを買おう。そんなことを思いながら栗田はホワイトな景色からブラックな環境に戻る覚悟を決めるのだった。
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