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「簡単な話だ。その日は師匠にルールが発動しなかったんだ」
「分からないわ。そもそも彼にはルールが発動していなかったんでしょう?」
マリさんが困惑しているのが愉快なのか、ニヤリ顔のオワリちゃんがズル道を指差す。
「現場検証をして分かったのは、ここを通って裏門にたどり着くまでにかかる時間は約五分。ここを使わずに正門側のルートを使うと約十分だから五分の短縮になるわけだが、師匠への聞き込みでひっかかる言動があってね」
オワリちゃんが柿谷くんにじっとりとした視線を向ける。
「体感でいいのですが、師匠はここをどれくらいで抜けていますか?」
「うーん、一分もかかってないかな。五分もかかるほど長い道じゃないよ。正門に回るのが馬鹿らしくなるくらい時間を短縮できるから使っていたんだし」
どういうことか分からなさ過ぎてわたしまで混乱してきた。
「師匠は聞き込みのときに『ズル道で大幅に時間を短縮していた』と言っていました。今の発言が事実だと仮定すると、十分はかかる正門ルートを使わずにズル道を使うルートで九分もの時間を短縮していたことになります」
「つまりこの結界のルールは『時間短縮』だったってこと?」
わたしにはぜんぜん分からなかったけど、何かに気がついたらしいマリさんが訊く。
「そう。師匠は五分かかるはずのズル道をいつも一分程度で抜けていた。短縮できる時間を仮に四分としよう。これくらいのルールなら『野良の結界』としても現実的だ」
「そういうことだったのね」
合点するマリさんとはちがい、わたしにはさっぱり分からなかった。
「じゃ、じゃあ、なんで伊織さんは四時間も遅れちゃったんですか?」
「いい質問だ、要ちゃん。それが今回の事件の肝だ。ルールは『四分の時間短縮』だったわけだが、伊織ちゃんが発動条件を満たしてズル道に入った時点でイレギュラーが起きた」
「待ってください、発動条件が分かりません」
話を進めようとするオワリちゃんを止めると、今度はマリさんが口を開いた。
「つまり発動条件は『遅刻をしたくないという思いで結界にはいること』になるわね。ふたつ目とみっつ目の謎は、視点が根本的に間違っていたことになる」
「そういうことだ」
オワリちゃんが満足そうに胸を張る。
「結界を見つけた時点でわたしは発動条件が『遅刻をしたくないという思いで結界に入ること』だと仮定した。『ズル道』を使う理由はそれしかないからだ。だがそうなると、師匠にはルールが発動せずに伊織ちゃんにだけルールが発動したことに矛盾が生じてしまう」
確かに発動条件には納得がいくけど、伊織さんが四時間も遅刻した理由がわからない。
「そこでわたしは逆に考えてみたんだ。師匠にずっと発動していたルールが伊織ちゃんには発動しなかったのではないかと。そう考えたときにズル道の結界が消えかけの『野良の結界』だということと整合性がとれる真相が見えた」
「木原さんが結界のルールを発動したのではなく、発動しなかったから四時間の遅刻をしたというわけね」
「そういうことだ。師匠や前に使っていた人がズル道を使うたびに短縮していた四分が四時間分も蓄積して限界を迎えていた」
「そこに運悪く『遅刻をしたくないという思い』で木原さんが結界に入ってしまったわけね」
マリさんがいつの間にかオワリちゃんと一緒に説明する側に回っている。このふたり、実のところ意気がぴったりなんじゃないか?
「結果として『野良の結界』は崩壊し、溜まっていた四時間が伊織ちゃんに付与されてしまったんだ。あの日、遅刻したくないという思いで結界へ入った人間が誰だったとしても伊織ちゃんと同じことが起きていたはずだ。たまたま運が悪かった。これが事件の真相だ。師匠がそのあとにズル道を使ったのに遅刻をしてしまったのは、既に結界が崩壊していて『四分の時間短縮』というルールが発動しなかったからということになる」
あっけない結末だけど、筋道は通っている。
「木原が遅刻したのはおれが原因だったのか?」
「師匠が溜めた何回かの四分も伊織ちゃんに付与されたということにはなりますね」
「そんな……」
「わたしがズル道を使ってしまったのが悪いんだから、柿谷くんは気にしないで」
伊織さんが気丈にも柿谷くんを慰める。やっぱりこの人はとても真面目なんだな。
「なにが起きたのかが分かりました。ありがとうございます」
頭を下げる伊織さんに向かって、オワリちゃんが不気味な笑みを浮かべた。
「いや、むしろここからが本題だ」
なんかまたオワリちゃんのイヤな感じが始まってしまった。
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