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「……確かにそれもひとつの手かもしれないわね。わたしはよく分からないけど、木原さんも柿谷くんもかなりの上級者なのだろうし」
顎に手を当ててなぜか含みを持たせた言い方をするマリさん。さっきから気になっていたけど、考え込むときの癖がオワリちゃんと一緒で、ふとマリさんはオワリちゃんと同じようになにかを企んでいるのではないかと思った。
「おお、ようやく分かってくれたか!」
それに気がついていないオワリちゃんが鼻息を荒くする。
「ゲームのことはよく分からないけど、ふたりに才能があるのなら、それを存分に発揮できる環境を作るのが生徒副会長としてのわたしの役目かもね」
完全にノせられたのか、マリさんがオワリちゃんの提案を肯定する。
「やったぜ。おれもeスポーツ部を創ってほしいと思っていたんだ」
興奮する柿谷くんを無視して、
「あなたはどうなの、木原さん?」
と、マリさんが伊織さんに訊く。ゆっくりと顔を上げた伊織さんは、今までの印象とはまるでちがった強いまなざしだった。
「たしかにわたしは『SAIKYOU5』をやっています。学校で格ゲー仲間がほしいとも思っていました。だけど今の時点でeスポーツ部を創るのには反対です」
伊織さんは、さっきまでのオドオドした人と同一人物とは思えなかった。
「生活態度が悪すぎる柿谷くんにeスポーツ部という場を与えたら調子に乗るのは明白です。結果としてゲームに偏見を持っている大人たちにeスポーツ部を潰されるのは目に見えています」
「おいおい、ちょっと待て」
想定外の答えだったのか、オワリちゃんが焦り始めた。
「伊織ちゃんや師匠のような才能のある格ゲーマーは、ちゃんとした場を与えられてしっかりと鍛錬を積んだほうがいい」
伊織さんの決意は固いらしく、オワリちゃんの説得にも首を縦に振らなかった。
「わたしがずっと柿谷くんの生活態度について注意していたのは、ゲーマーが悪く見られるのがイヤだったからです。eスポーツ部の設立は柿谷くんの生活態度が改善されたときにはじめて考えるべきです」
「なんだよ、それ」
不満そうな柿谷くんへ視線を移し、
「でも『キイロイ』の言うことはなんでも聞くんでしょう?」
と、凛とした声で言った伊織さんはまるでマリさんみたいだった。
「わたしは不真面目の言い訳に大好きな『SAIKYOU5』を使ってほしくない」
憑き物が落ちたかのような顔で伊織さんがきっぱりと言う。
「遅刻したあの日、ほんとうは柿谷くんに自分が『キイロイ』だって言おうと思っていたの。負けたらなんでも言うことを聞くって言っていたから、生活態度を改めてほしくて」
伊織さんはどこまでも真面目なひとで、どこまでも生粋の格ゲーマーだった。
「……おれよりも強くて成績がいいヤツに言われたら、しょうがないよな。負けたら言うことを聞くって言ったし、おれも『SAIKYOU5』のことでウソは吐きたくない」
伊織さんの言うことにあっさりと従う柿谷くんもまた、生粋の格ゲーマーだった。
「じゃあひとつ、わたしの言うことを聞いて」
「なんだよ?」
「今すぐにメガネを作って」
本当にそのとおりだ。柿谷くんがさっさとメガネを作っていればこんな事件は起きていなかったかもしれない。
満足そうにうなずいてオワリちゃんを見たマリさんが、
「言ったでしょう、木原さんは信頼できるひとだって」
と、勝ち誇るように言った。
「ぐぬぬ……」
マリさんにはこうなることが分かっていたのだなと感心するわたしのとなりで、ハメたと思っていたらまんまとハメられていたオワリちゃんが頭を掻きむしった。
「これですべて解決ね。決め台詞をよろしく」
言って、マリさんがいつものオワリちゃんとおなじニヤリ顔になった。
「この事件は、このヨモスエオワリが終わらせた!」
オワリちゃんのヤケクソな怒鳴り声で、ズル道の消えかけの結界がシャボン玉みたいにパチンと消えた。
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