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マズイ。非常にマズイ。
なんであんな人に目をつけられたのかも分からないし、なんで指定された部室まで来てしまったのかも分からない。
目の前のアルミ製のドアには赤いスプレーで『関係者以外立ち入り禁止』という乱雑な文字が書き殴られている。正直、普通ならドアをノックすることさえためらうだろう。でもわたしは意思表示をするのが苦手で周りの人に流されてばかりの性格だから、あんな強烈な個性をしたオワリちゃんの命令を、とてもじゃないけど断れるはずがなかったのだ。
これから起こる最悪なことを考えながら大きなため息を吐くと、
「入らないんですか?」
「わあっ!」
とつぜん声をかけられて驚いてしまった。気まずいまま振り返ると大男がいて、わたしは「あ、大男がいる」とバカみたいなことを思った。身長は190センチくらいだろうか、とても威圧感がある。胸板は厚くて明らかなマッチョ。剃り落としているのか眉毛は無くて、なにより威圧感を増しているのは高校生ではありえないスキンヘッドだった。
「入らないんですか?」
「わあっ!」
また驚いてしまったせいで、スキンヘッドさんを悲しい顔にさせてしまう。
「すいません、ぼく怖いですよね」
「こ、こちらこそすいません」
わたしが頭を下げるのとほぼ同時に、部室のドアが開いた。
「新入部員か?」
「わあっ!」
次から次へと起こる不測の事態に心臓が限界を迎えそうだった。
部室から顔を出したのは寝ぐせだらけのボサ髪をした死んだ目のヒョロ長いひとで、死神だと名乗ったとしても微塵も疑わないだろう。
「おお、来てくれたか!」
声のした部室内を見ると、茶色い三人掛けのソファに寝そべってポテチを食べているオワリちゃんが、のんきに手を振ってきた。
「あ、あの――」
「――よく来てくれた。座ってくれ」
促されるがままスキンヘッドくんと並んでパイプイスに座ると、
「四方末、また強引に勧誘したんじゃないだろうな?」
と、死神さんが呆れたようにため息を吐いた。
「わたしが、晴れの入学式にそんな無粋な真似をする人間に見えますか?」
「お前の辞書に『無粋な真似』という言葉があるとは思えん」
「ショックです! わたしがいちばん嫌いな言葉は『無粋な真似』なんです!」
オワリちゃんが顔を手で覆い大げさに下手な泣きまねを始める。
「白々しい真似はよせ。時間の無駄だ」
「へっへっへ。やっぱり、名誉三年生には敵いませんねえ」
顔を上げたオワリちゃんが反省の色もなく舌を出した。
「その呼び方をするのは、お前だけだぞ」
死神さんが心底イヤそうに言って、またため息を吐いた。
「名誉三年生って、どういう意味ですか?」
スキンヘッドくんがキラキラとした目で訊く。
「このお方は、特別な事情もないのに今年で三回目の三年生なんだよ。きみは二回も留年しているひとに会ったことがあるかい?」
「ないっす!」
「まあ、そういうことだ。この人は白沢明。部長と呼んでくれてかまわない」
「待て。おれが留年しているのには目的が――」
「――まあ、前置きはいいか。きみたち、優が見えるんだろう?」
部長を無視して続けるオワリちゃんの言葉の意味はすぐに分かった。となりでうなずくスキンヘッドくんも同じなのだろう。
わたしたちには、成井さんが見える。
「なんでわかったんですか?」
「簡単なことさ。教室でわたしが『アレが見えるか?』と尋ねたとき、きみが『なにも見えません』と答えたからだよ」
「……よく分かりません」
「なにも見えてない人間は他に見えているもの、たとえばきみのクラスの蓮太くんのように黒板に書かれたわたしの名前だとか、なにか具体的なものを答えるんだ。つまり見えている人間しか『なにも見えません』と言わないんだよ。まあ、スキンヘッドの彼は『見えます!』と元気に言ったがね」
オワリちゃんの言葉に、スキンヘッドくんがなぜか照れ臭そうに頬を赤くする。
やっぱりあのときの返答は失敗で、とんでもなく面倒くさいことに巻き込まれてしまった気がする……
「ちなみに優はわたしに取り憑いている霊だ。よっぽどわたしのことが好きらしい」
困惑するわたしと明らかにワクワクしているスキンヘッドくんに、オワリちゃんが改めて成井さんを紹介する。幽霊を紹介されたのは、当たり前だけど初めてだった。
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