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「きみはレギュラーじゃないから、どうせヒマだろう」
オワリちゃんのノンデリ発言で張り詰めた空気が場に流れる。
「……こっち」
プールから上がった金川さんに連れられて更衣室へ入ると、
「体験入部なんて聞いてない。なにが目的?」
と聞かれた。
「いやあ、わたしにもよく分かりません。潜入捜査とか言っていましたけど」
金川さんとはまたちがう不安を抱えていたわたしは冗談めかして、オワリちゃんに負けないくらいの不気味な笑みをぎこちなく浮かべた。
「……まあ、実際にどういう状況か見てもらったほうが早いかもね」
「ああ、はい、わたしもそう思います」
水着に着替えて更衣室から戻り、準備体操をしてからプールの水に足をつける。屋内プールで水温も調整されているとはいえ、さすがに冷たい。
なんでこんなことに……
思わず吐いたため息を金川さんに聞かれ、
「ほんとに大丈夫?」
と、また心配そうに訊かれた。
「はあ」
空返事をしながらベンチのオワリちゃんを見ると、胡坐をかいて大あくびをしていた。
滅茶苦茶なひとだなと思いながら、
「それより、本当に幽霊が出るんですよね?」
と、わたしはこの理不尽な状況へのイライラを隠して金川さんに聞き返した。
「……わかった。じゃあ、見てて」
覚悟を決めた表情で金川さんが手を挙げる。
「わたしが磯崎さんに手本を見せます」
「おお、よろしく頼むよ」
曳田先生が首から提げたホイッスルを口にくわえる。ほかの水泳部たちと一緒に端っこのレーンで見守っていると、ホイッスルの音で金川さんがプールに飛び込んで順調に泳ぎ出した。オワリちゃんに『根崩高校の魚雷』と命名されるだけあって、さすがの速さだ。
あんな凄いひとが本当にいるんだなって呑気に眺めていると、半分を過ぎた辺りで、後ろから黒い影が金川さんに近づいていくのが見えた――
――あれは一体、なんだ?
今までわたしが見てきた幽霊は、ちゃんと姿形がわかるやつや成仏しかけているのか薄く透けているやつだけで、黒い影のようなモノを見るのは初めてだった。あれは、わたしが知っている幽霊じゃない。
わたしが混乱している間に追いついた黒い影に足を引っ張られ、途端にスピードを落とした金川さんは向こう側にたどり着いて息も絶え絶えに水面から顔を出した。
当然、周りで様子を見ていた他の水泳部員たちには黒い影が見えていないから、金川さんんを憐れむように見ながら「金川さんはもう終わった」とか「スランプで見ていられない」とか口々に言っている。
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