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舞台裏。
「……とまあ、こんなエピソードトークはどないや」
会見の数日前。まさに亡くなる直前の妻は夫と打ち合わせをしていた。
「僕が喋ってもあんましウケへんやろ。なにせ君の喋りに食わせてもろうて来たんやから」
「アホ。二人揃ってこその私らコンビやったやろ。私がおらんようになったら今度はあんたが頑張らなアカンねん。そのためにこうして死ぬ寸前までネタ合わせしとるんやろが」
「合わせたネタを披露するのが僕だけいうのがまあ寂しいなぁ」
「そんでも私も一緒におるで。あんたが天国に来るまで存分に引き回しといてや」
「任せとき。全国回って鉄板エピソード言われるまで披露し続けたるわ」
「かと言ってあんまりこすりすぎたらあかんよ。人間、飽きっちゅうもんがあるからな」
妻が大きく息を吐く。
「流石にしんどいわ。もう棺桶に半身突っ込んどるで」
「実話の方がエピソードトークよりよっぽど強烈やな。この事実もその内使わせて貰うで」
「好きにしぃ。あぁ、ホンマしんど」
夫が目を細めた。
「最期の最期までネタを作る君の姿、芸人として心の底から尊敬するで」
妻は、ありがとう、と笑みを浮かべた。しかし、あーあ、と先を続ける。
「芸人としては最期まで最高に楽しかった。せやけど妻としてはあかんわぁ。旦那をこんなに甘やかすなんて妻失格やで。ほんまに」
「ほんなら僕はラッキーや。君は相方として最高やった。奥さんとしても優しくならざるを得んかった。うーん、わしは恵まれとったんやな。ホンマにありがとう」
そのお礼に、妻が最期の言葉をこぼす。
「今の褒め言葉、人生で一番嬉しかったわ。ありがとうな」
そうして静かに息を引き取った。妻の亡骸に夫は敢えて話し掛ける。
「旦那として、相方として、唯一僕が君にしてやれたんは今日見送ったことだけやな。今度は天国で待っててや。ほな、君との最期のネタ、頑張って披露してくるわ」
そっと手を合わせ、彼はナースコールのボタンを押した。
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