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私には朝のルーティーンがある、それは毎朝仏壇に手を合わせてから手紙を書くこと。
冥紙の便箋に何気ないこちらの毎日を綴っては冥界行きの黒いポストに投函している。もう何十年と続けていて、あの人の字を見るたびに付き合う前の文通をしていた時代を思い出す。
結婚してからは手紙なんて書かないし、でもその分言葉のコミュニケーションがあったかと言われたら逆に無い、まだ文通時代の方が文章が雄弁で、初めて実際に会った時は全然喋らない無口な人で驚いたくらいだった。
結婚生活も十年くらいで終わって……若くして主人は亡くなって、それなりに苦労もした。でも文通は出来るしお盆には帰ってくるし、無期限の単身赴任みたいなものだと思えば寂しさはいくらか減る。でも、やっぱり声を聞きたい姿を見たいっていう時がある。
「黄泉鏡ねぇ……迷う、でも高いわぁ」
故人とリモートで姿を見れたり会話が出来る鏡。子供も結婚して別で暮らしてるし、たまに孫を連れて来てくれるけど、広い家で独りはだんだん気分が落ちてくる。だから黄泉鏡があれば気持ちが上がってくるんじゃないかって、でも年金暮らしで払うには難しい。
――ピンポーン
インターホンの音を聞いて玄関に出ると黒郵便の人がいた、あの人からの手紙を配達にきてくれたのかしら。
「おはようございます、佐々木清斗さんから佐々木聖華さん宛のお手紙です」
受け取った黒の封筒には達筆な字で宛名が書いてある。相変わらず綺麗で、でも力強い、あの人らしいわ。
リビングで届いた封筒を開けると苺の甘い香りがした。
『前略 この前雪斗から手紙が来たんだけれど、子供の成長は早いね。この時期は便箋に君や雪斗、沙希さんと沙雪のイラストが描いてあって、一年でこんなに育つんだな……思えば雪斗も年々やんちゃになって大変だった、そんな子供が今や一児の父だ……感慨深い。そうそう話は変わるけれど、この便箋驚いたかな?こちらで新発売された苺ケーキの香りの香冥紙なんだ、クリスマスっぽくて良いと思ってね、明日君にもサンタさん来るかな?冬の怪我には気をつけて 草々』
サンタさんなんて、子供じゃあるまいし……でも、来たら嬉しいわね。
そう、本当に来るなんて思っていなかった。
クリスマスの夜、インターホンの音を聞いて玄関に出ると息子夫婦が孫を連れて来ていた。
「おばあちゃん!メリークリスマス!」
「あらあら可愛いサンタさんねぇ、沙雪ちゃんも、メリークリスマス」
サンタクロースの衣装を着た孫を抱きしめる、幼子とは本当に愛らしい。
雪をほろってから中に入る息子達をダイニングに通す。今年はホワイトクリスマスで雰囲気はばっちり、既製品には敵わないかもしれないが朝から準備したホールケーキをテーブルに出して、あとはローストビーフやチキンを並べる。
四人で食卓を囲み時間もだいぶ経った頃に、雪斗が一度玄関に何かを取りに行くと言って席をたった。
「あの子何を持って来たの?」
開けてからのお楽しみですと、沙希さんは言うがそう言われるとますます気になってしまう。そのうち雪斗がラッピングされた箱を抱えて戻って来た。
「母さん開けてみて」
そう促されてラッピングを剥がし箱を開けると、中には姫鏡台が入っていた。
「古風な鏡台ね、でもうちにも鏡台はあるけど……!」
鏡を立てて見るとそこには主人が映っていた、これは……。
「ゆ、雪斗!これ、黄泉鏡じゃないの!こんな高価なのどうやって……」
「高校の頃からのバイト代と社会人になってからの積み立てで、やっとなんとかこのサイズが買えたんだ。母さんは父さんからの手紙をずっと大事に読んでたよね、でもやっぱり手紙だけじゃなくて二人を会わせたいと子供の頃から思ってた、俺的には最大の親孝行がやっと出来たかな、って」
息子の言葉を聞いて自然と涙が溢れて来た。私達夫婦を再会させてくれた、本当に孝行息子だ。
「ありがとう……雪斗」
「お礼はいいよ、それよりも父さんが緊張して待ってるよ」
数十年ぶりの主人との対面は少し恥ずかしい気もする、向こうは歳を取らないけれど私は歳を取ったおばあちゃんになった、昔のような綺麗さは無い。
「清斗さん、変わらないわね。私はすっかりおばあちゃんになっちゃったわ、また会えて嬉しい?」
「君は……幾ら歳を取っても綺麗だよ。会えて嬉しくないわけがない……元気そうで良かったよ、手紙の中の君は無理してるんじゃないかってちょっと心配だったから」
「……でもちょっと空元気だったかもしれない。昔に戻って文通しているような気分もあったけど、どこか違うから。もう死ぬまであなたには会えないんだってあきらめてた」
私の話しを聞いて清斗さんは真剣な目をして口を開く。
「……これからは、会える。だから話そう、死んでからコミュニケーション能力を上げる訓練をしたんだ、だから昔よりは話せると思う」
「そう、それは楽しみね。でも文通も続けたい、なんか書くのが習慣になっちゃったから」
手紙は二人を繋ぐ絆なんだもの。
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