少女・愛人・文化祭

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 神結(かみゆい)高校文化祭、通称:簪祭(かんざしさい)。  今日はその当日。私達のクラスの催し物は演劇。(じき)に開幕だ。  「さぁ(りょう)監督、何か一言!」  体育館裏、私にスマホを向けるのは放送部の(かがみ)。  製作記録係の彼と監督の私は本番にやる事がない。  「劇作家兼監督の(りょう)です。思いを込めた劇なので、見てね」  「OK!  にしても、あんなの考え付くなんて凄いね。」  鏡から純粋な目を向けられて私は少しだけ動きが止まった。  「まぁね。お子様の鏡と大人の私じゃ経験値が違うんだよ。」  体育館の裏手の扉を開けて舞台裏へと歩いて行った。  髪結高校の教師(つがい)は劇を見ていた。  舞台上には自慢の教え子達。  練習の時は『内緒』と蚊帳の外にされ、彼女に台本を見せて貰っただけ。  内容は実に高校生(子ども)らしい恋愛劇だったが、自主的に動いていた皆は大人びて見えた。  「先生が好きなの。  貴方にとっては患者の一人で子ども。  でも私にはたった一人。親も友達も本当の自分を理解してくれない中で認めてくれた、救ってくれた、たった一人なの。  私は、貴方を愛しているの。これは嘘でも遊びでもないの。貴方じゃなきゃ駄目なの!」  『誰も少女の愛を知らない』  孤独でないフリをして、人に合わせて生きていた少女が病気で倒れ、既婚者の担当医師に恋をして、二人が堕ちていく話。  舞台の上では今、医師が少女との関係を終わらせようとしている。  少女は決して譲らなかった。  その劇は見せて貰った台本とは似ても似つかなかった。  少女の台詞は最近聞いたばかりのものだった。  「最近の高校生って凄いのね」  隣で妻はすっかり魅了されていた。 (つがい)は簪祭に妻を招待していた。  元々病弱だった彼女は文化祭を体験した事が無く、渡した招待状を毎日の様に眺めていた。  そして、妻は今も何も知らずに劇を劇として楽しんでいた。  私は結局劇を最後まで楽しめぬまま、閉幕していった。。  《簪祭終了後》  劇は大成功。片付けをしながら皆騒いでいた。  そんな中、人気の無い校舎の片隅で。  「あの劇はどういう事だ?」  先生が怒ってた。  「私の気持ちですよ。  私は番先生が大好き。その気持ちを台本にしました」  私は、多分笑ってる。  自分の気持ちをこうして形にする事が、こうして愛しい人に伝わった事が、真剣な眼を向けられている事が堪らなく嬉しい。  「兎に角、君は生徒で僕は教師。  これまでもこれからもそれだけだ」  逃げる様にそれだけ言って、先生は去っていった。  私はその姿をただ見送った。  「絶対に、だめ」  その言葉は誰にも届かない
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!