アメちゃん美容室

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「なんだい、うちはまだ高齢者のたまり場かい」  口では毒を吐きつつ、ハルの目は優しい。その視線の先にはL字型に配置されたソファとテーブルがあり、テーブルの上には飴が入った籠がある。籠は葛西が作ったものだが、その中の飴は七瀬が作った。具のない煮凝りではなく、きちんと純露になっているはずだ。 「すごいねえ、本当に。ガラスケースの中もきちんと再現してくれてるんだね」  カット台の前には大きな鏡があり、その前にガラスケースがある。その中にはお客さんの参考のためかカット写真や着物の写真、ヘア小物が置いてあった。 「全部は作れませんでしたけど。あの、一つお伺いしてもよろしいですか」 「なんだい?」 「カット台に指輪がありましたよね。あれって……?」  指輪という言葉に、母の結婚指輪を思い出す。母から帰国していたという連絡はないし、七瀬も何も聞いていない。 「ああ、預かりものだよ」 「預かりもの」  葛西が繰り返すと、ハルは遠い目をして頷く。 「二十年以上前かねえ。昔、近所に住んでいた男さ。いつか取りにくるから預かっておいてくれって。早く来ないと、私の方がくたばっちまうと思ったけど、意外と生きるもんだねえ」 「その方、今は?」 「知らないよ。生きているのか死んでいるのかもわかんないよ。たださ――」  ふいにハルが七瀬を見る。ミニチュアに見入っていた七瀬が首を傾げると、ハルは不敵に微笑む。 「縁があれば、また会えるよ。私が由紀にもう一度、会えたんだからね」  間に合ったのだ。由紀の意識があるうちにと思ったが、意識朦朧の最中でもハルは由紀に会えたと思ってくれた。何もできないと思ったが、何かはきちんとできていた。それに気づかなかったのは七瀬だけだ。 「そうですね」  じんわりと浮かびそうになった涙を隠すようにミニチュアを見るふりをして、目元を押さえる。  蛍光灯の光を受け、マニキュアのボトルに入ったラメがキラキラと光る。  それは鈴野美容室の新しい未来を、大切な人を亡くしたハルと羅々のこれからの人生に輝きを与えているように見えた。
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