おじいちゃんの古民家風呉服店

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「しょうがないかもしれないけど」  自分の立場を思い出し、七瀬はため息をつく。  派遣社員として働いていたのは、一ヶ月前までだ。  多忙だった派遣先の業務が落ち着き、育休を取っていた社員たちが相次いで復職した。一日の仕事の忙殺されることなく、余裕をもって仕事に取り組めると思ったのは束の間だ。  業務量に対し人員が多ければ、会社は繁忙部に人員を回す。それでも人員に余剰があればどうするか。  派遣切りだ。  派遣切りという言葉は知っていた。だが心のどこかで、自分は無縁だと思っていた。  七瀬の派遣先は誰もが知っている会社の子会社だった。子会社と言えど、親会社は名のある会社だ。だからたやすく切られることはないだろう。七瀬はそう楽観視していたが、現実はそう甘くはなかった。  あっさり無職の身となり、母の収入に頼る身となった。それは同時に、母の依頼には従わざるを得ない立場でもある。  東京を出発した新幹線はあっという間に上野に着き、次の到着駅である大宮を目指して走っていく。その景色を横目に、七瀬はスマホのLINE画面を見る。 『おじいちゃんの家の片付けに行って。詳細は清美から聞いて』  一方的なメールは母から送られてきたものだ。  先日、一人暮らしをしていた祖父が倒れた。幸い来客中の出来事で、すぐに救急車を呼んでくれたため事なきを得た。だが一人暮らしをするのは困難であることから、祖父は同じ市内に住む叔母・清美の元に身を寄せることになった。  祖父が住んでいた家は空き家となるため、その片付け要員として指名されたのが七瀬だ。母は祖父が倒れるのき先立ち、海外勤務となり渡米した。七瀬にはメール一通で指示が出されただけだ。  そしてその指示に従い、叔母に連絡を取ってからが大変だった。
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