おじいちゃんの古民家風呉服店

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 七瀬も三月の東京ではちょっと恥ずかしかったがダウンを着て、ジーンズとスニーカーを履いている。汚れても構わない服装だ。そして防寒対策として背中とおなかにホッカイロを貼っている。  久しぶりに会う叔母は、七瀬がエスカレーターから降りる頃にはもう近くにやってきている。クールな母と違い、叔母は人好きのする笑みを浮かべている。母がキャリアウーマンなら、叔母は「お母ちゃん」と呼ばれるのがしっくりくる。そんなお母ちゃんな叔母が、七瀬は嫌いではない。 「久しぶり。元気そうね」 「叔母さんも。……お母さんが、いろいろごめんなさい」  母と叔母の間にどんなやり取りがあったか、七瀬は詳細を知らない。海外にいる母は叔母と顔を合わせることなくメールでやり取りをして済むが、七瀬はそうもいかない。祖父が叔母の家に身を寄せている以上、鍵も叔母の手中にあるのと同じだ。祖父の家に入るには、叔母と顔を合わせなければならない。 「七瀬が謝ることじゃないわよ。孝江さんが『自分がこうと決めたらこう!』なのは昔からだから」  叔母が苦笑する。叔母は姉である七瀬の母のことを、孝江さんと呼ぶ。それは本人の前でも、七瀬の前でも変わらない。 「それよりも平日に来てもらって、仕事は大丈夫なの?」 「あー、ちょっと契約切られちゃって」 「あらま」  叔母は目を丸くすると、すぐに目尻を下げてぽんと七瀬の背中を叩いて歩き出す。 「捨てる神あれば拾う神ありって言うからね。美味しいものを食べて、ちゃんと休んでいればいいのよ」 「そうかな」 「そうよお。きちんと食べて、きちんと寝る。お天道様に背くようなことをしていなければ、道は開くのよ」 「道は開く? 道は自分で切り開くんじゃなくて?」  自分の人生は自分で切り開くもの。そう言っていたのは母だ。努力したら努力しただけ、自分に返ってくると。
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