おじいちゃんの古民家風呉服店

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 聞き返せば叔母は苦笑する。 「それ、孝江さんでしょ。みんながみんな、孝江さんみたいにがむしゃらに頑張れるわけでもないし、頑張ったところで望むような結果に結びつかないこともあるのよ。頑張りなさいって言われたところで、もう十分すぎるほど頑張っている人だっている。そういう人たちが頑張れって言われたところで、苦しいだけでしょ」 「そう、だよね……」  思い返してみれば、母には頑張りなさいと言われ続けてきた。中学受験で失敗すれば、高校受験でリベンジを求められ、母が希望した高校に行けなければ大学受験で結果を出すことを求められた。かろうじて母の許容範囲内の大学に入れば、今度は就職で母と同じ外資系企業に勤めることを求められた。  頑張りなさいと言われた覚えはあるものの、頑張ったねと言われた覚えはない。  それは単に七瀬の頑張りが足りないのだと思っていたし、人生は頑張り続けなければならないのだと思っていた。母の期待に応じられない自分は劣った人間なのだと自己嫌悪していたが、自分を嫌いにならなければならないほど苦しかったのだと今になって気づく。頑張ったねと言ってほしかったのだ。 「孝江さんの世界では、頑張った分の見返りがあるのが当然かもしれないけどね。例えば赤ちゃんを抱っこしたお母さんが、上の子を連れて歩いているじゃない。その子が転んでけがをして、お母さんの手がふさがっていたらどうする?」 「大丈夫って声掛けて助け起こして……お母さんの許可を得て手当てを手伝う?」 「そこに見返りはある?」 「見返りないよ。小さい子連れて、お母さん大変でしょ」  助けてあげたからと言って金銭を要求している人がいたら、正直引く。その人間性を疑ってしまう。  物価高、子育て世帯の負担増と言われている中で子供を産んで育てている人たちはすごいなと思ってしまう。いい年齢で収入があっても、親に生活の負担をしてもらっていた七瀬からすれば尊敬の念しかない。
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