拾われて赦されて

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「離婚してください。」 夫は、居間のテーブルの上に置かれているケジメの紙と、その後ろにどんと座っている私の顔を、驚いたように交互に見る。 「どういうことだ?」 「それはあなたが一番分かっているんじゃない? 」 「え……」 夫のとぼけたような顔を見て、自分の頭が熱くなるのがわかったが、なんとか抑え込んだ。 「仕事帰りに、あなたが若い女といるのを見ました。」 その瞬間、夫は時が止まったように固まり、すべてを悟ったように黙りこんだ。 やっぱりそうだったのね。 最初は『離婚』以外、なにも言おうと思っていなかった。もともと感情的になるのも、声を荒らげるのも好きじゃない。 冷静に、後腐れなく、さっぱりと別れよう。 そう思っていた。 けれど夫のその諦めきった顔を見たら、頭に血が抑えられなくなった。 あの若い女といるのをこと、あの女に好き放題、高価なカバンやアクセサリーを買っていたこと。 それなのに、私がたった2万円の服を買うと言うと、「高い」と文句をつけてきたこと。 1から10まですべて吐き出してしまった。 それだけでなく、これまで耐えてきた小さな鬱憤の数々を持ち出して、「それなのにあなたは」と夫の失態になすり付けた。 自分がこれほど怒り狂ったのはいつぶりだろうか。 怒れば怒るほど、夫と過ごしたこの40年、夫に尽くしたこの50年間がすべてムダだったように思えてきて、苦しくて情けなくて、涙がとめどなく溢れ出てきた。 そして最後にもう一度言った。 「別れましょう」 もういい。終わりだ。 借金やギャンブル、アルコール依存症ならまだ道はある。同じように地獄に落っこちてやることも、そこから引っぱりあげる努力もできるだろう。 でも、愛がなくなったなら、それまでだ。 夫の耳には間違いなくこの叫びが届いたはずだ。 なのに。 「いやだ」 夫は首を振った。 なぜ、どうして、なんども問いかけたのに、夫は「いやだ」というばかりでサインをしてくれなかった。 耐えられなくなった私は、家を出た。 もちろんアパートを借りるお金はないので、同じ敷地内にある母と父が住んでいた母屋に行っただけだ。 二人がこの世を去ってから、長く空き家になっていたが、親戚の集まりに使っているため、電気もガスも水道も通っている。 それに、生活できる程度の家具はすべて置きっぱなしだ。 なにより、夫と住んでいたはなれの家とはまったく繋がっていないし、玄関も別の方角にあるので、今後、顔を合わせることはほんどないだろう。 それからも何度も夫に離婚をこうた。 しかし夫は首を縦には振らなかった。
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