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夫婦になれなくても
「ん……」
いつもの癖で、いつもの時間に目が覚めた。
隣には、気持ち良さそうに寝息をたてる彼氏。
僕は彼を起こさないように気をつけながらベッドから抜け出す。休日の朝は、チーズをのっけたトーストって決めているから、今日は僕がそれを作ろう。特別にゆで卵も用意しちゃおうかな。
着替えてからキッチンに向かうと、リビングの目立つところに礼服がぶら下がっているのが目に飛び込んできた。
あ、そうか。今日は……。
「……」
彼氏を、起こさないといけない。
今日は地元の友達の結婚式に参加するって言っていたから。
すっかり忘れていた……新幹線の時間、大丈夫かな。
「結婚、かぁ」
僕は自分の左手の中指を見る。そこにはシルバーの指輪。三回目の付き合った記念日に、彼氏がお揃いだって言ってプレゼントしてくれた宝物だ。
ずっと一緒に居ようって、約束してもう五年。
ずっと一緒に……そう、一緒に……。
「おはよ」
「っ!」
いつの間にか彼氏が起きてキッチンに入って来た。僕はびくりと肩を震わせる。
「おはよう……」
「ちょっと早めに出るわ」
「あ、うん……結婚式、だよね。気をつけて行ってね」
「ん。ありがと」
僕はそそくさと食パンをトースターに並べる。
嫌だな……すぐに不安になってしまう。
そんな自分が大嫌い。
「なんか、あった?」
「え?」
「元気無い」
背後からぎゅっと抱きしめられて、僕は泣きそうになった。
俯きながらお揃いの指輪が輝く彼の手に触れると、その体温は痛いくらいあたたかい。
「元気が無いわけじゃないんだ」
「うん」
「ちょっとだけ、心配になっただけ」
「心配?」
「……僕は、僕たちは夫婦にはなれないから……結婚式なんて縁が遠いなって」
「夫婦……」
「もしも、僕の性別が違っていたら、夫婦になって結婚式出来たのかなって」
ぎゅっと、彼の腕の力が強くなる。
そして、落ち着いた声で彼は言った。
「俺は、誰でもないお前だから好きになった。別に夫婦になりたいわけじゃない」
「……うん」
「そういうかたちは、もちろん幸せだと思うけど、俺たちみたいなかたちも幸せだと思ってる」
「……そうだよね。ごめん、なんか急に変な気持ちになっちゃった」
「あんなの見たからだよな。俺もごめん」
礼服を指差して謝ってくれる彼。
何も悪くないのに、謝らせてごめん。
僕はそっと彼の指輪をなぞった。
「……ごはん、用意するね。その間に荷物とか用意しちゃって?」
「ん。ありがと」
軽くキスを交わして、お互い作業に取り掛かった。
優しい朝。ずっと続く朝。
ずっとずっと、大好きな人……。
「今度、指輪見に行く?」
「え?」
突然の彼の提案に、僕は首を傾げる。
指輪なら、もう貰っているよ……?
「ここに、つけるやつ」
結婚指輪をつける指を僕に見せる彼に、僕はぷっと吹き出した。
ありがとう、もう元気になったよ!
「この指輪で十分幸せです!」
言いながら、僕は彼のもとに向い、その薬指にキスをした。
ぴかぴかの指輪より、今の指輪がもっとくすむくらい一緒に時を刻みたい。そう願った。
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