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「隼人、コーヒーでも飲む? トイレは行かなくて大丈夫?」
「コーヒーはいいよ。……トイレは行こうかな」
保安検査場を抜けた先にもトイレはある。だが、あらためて聞かれると気になってくるものだ。見送りにきた両親を残し、おれはトイレに向かった。
北海道行きの飛行機が飛び立つまで、あと数十分。それに乗って、おれは本州を離れる。
平日にも関わらず、春休みの需要があるのか空港はそれなりに混雑している。トイレから出てきたところで、大きなスーツケースにぶつかりかけた。
「あ、すみません」
「ごめんなさいねえ」
相手は高齢の夫婦だった。それぞれが重たそうな荷物を引いている。その背中を見送りながら、おれはふと思った。
父さんと母さん、おれがいなくなったら二人になっちゃうんだな。
うちの両親は四十代で、持病もない。でも母は背が低くて棚の上の物が取れないし、季節の変わり目には風邪をひきやすい。父は今年の健康診断で血糖値が高めと診断されており、最近はよく腰が痛いと言っている。二人とも中間管理職でストレスも溜まっているだろうから、これから体を崩すこともあるかもしれない。
おれは自分の我を通してここまで来た。けれど、それって『家族』を置いて行くってことなんだよな……この世でたった三人の家族なのに。急に罪悪感がこみあげて、おれは足を速めた。なんだか迷子になったような、心細い気持ちがしていた。
「母さん、父さん……」
両親は飛行機が見える大きな窓のそばに腰掛けていた。母がうつむき、目もとを押さえている。それを見て胸が痛んだ。やっぱりおれは、親不孝だ……。
そばに寄り添う父は、母の目もとを指でぬぐった。肩を抱き、何ごとか優しく語りかけている。母はうなずき、涙にぬれた顔を上げた。その頬を、父が手のひらでそっと包む。二人はじっと見つめあった。顔が近づいて、そのまま……
「うおおぉぉおい、何やってるんだよ!」
おれは慌てて割り込んだ。なぜか途中から両親のキスシーンを実況するはめになってしまった、なんてことだ……! 周囲の人びとがいっせいに振り返り、二人は慌てて離れた。
「ちょっと、人前でそういうのはやめろよ!」
「ごめーん。なんか昔を思い出しちゃった」
母は真っ赤な顔でニヤニヤした。父はこちらに背を向けて、飛行機を見るふりをしている。
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