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番外編:ある日のカイル
いつものように屋敷の掃除を終えるといそいそとウィリアム様の部屋へと向かう。最近は使用人も増え、俺にも自由時間というのが与えられた。
その時間を使ってウィリアム様から勉強を教えてもらっているのだ。
「ぁ……そこだめだって……んぁっ!」
「っ……」
扉を開けようとすると中からくぐもった声が聞こえる。
「え? え?」
こ、これってアレだよね? なんかイチャイチャしてるよね?
いやいやいやいやっ。紅蓮様ってばよ~。今日は俺、ウィリアム様と勉強するって言ったじゃん? 朝会った時にちゃんと挨拶がてら報告したよね?
「まさか俺にやきもちやいたんじゃ? 嫉妬深っ!」
「なんだと! コラァッ!」
バンっと扉があいて鬼の形相の紅蓮様が現れた。
「ひぃいいいいっ!」
しまった。俺たち魔物は耳が良い。今の愚痴が聞こえたんだな。
「誰が嫉妬深いって? あぁん?」
「わ~ごめんなさいっ」
「グレン? カイルの声がしたけど?」
奥から出てきたウィリアム様は上着もはだけ。頬はバラ色で息が上がっていた。上気した様子でこちらに近づいてくるけど、色気が駄々洩れしてて俺には目の毒です~。
「リアム。来るなっ。カイル見るんじゃねえ!」
「ひ、昼間っから何ヤってるんですか!」
「なにって? マッサージだが?」
「へ? マッサージ?」
「リアムが最近肩がこるっていうからマッサージしてやってたんだよ」
「そうなんだよ。グレンはツボを知ってるらしくて、押されると気持ちよくって声が出ちゃうんだよね」
「キモチヨクテコエガデル……はあ。紛らわしいっす!」
「え? ……あ、そ、そうか。はは。ごめんよ」
真っ赤になってうつむくウィリアム様は可憐で。ごくりと喉を鳴らす紅蓮様の目は獰猛な顔になっちまってた。
「……カイル。悪いがこの時間俺にくれ」
どうやら紅蓮様のスィッチがはいっちまったようだ。
「え? グレン? どうした? ちょ?」
再びバタンっと扉が閉じられた部屋の前から俺は回れ右をして戻ってきた。
「せっかく勉強楽しみにしてたのになあ。俺も恋人欲しいなぁ」
仕方なく俺は花壇の前のベンチに座り込む。
昨日習った単語を頭の中で復唱していたら声をかけられた。
「こんにちは。さっき君が言ってたのは単語の綴りかな?」
「え? 俺口に出してましたっけ?」
しまった。集中しすぎて声に出してたらしい。
「ふふふ。僕で良ければお教えしましょうか?」
「本当ですか!」
「ええ。僕はリャナン。言語学を研究しています」
肩まで伸びた黒髪に空のような青い瞳。そして褐色の肌。野性的な印象が強くって数日前から気になっていた人だ。
「はい。知ってるよ。先生なんだよね?」
「はは。そうだね。子供たちに文字を教えるように言われてるよ」
リャナンは南方から来たらしい。その土地の言語を研究しながら旅をしているという。
「学校が出来るまではこのお屋敷で教えることになってるらしいけど、生徒がまだ集まらないらしくてね」
「ああ。皆おっかなびっくりしてるんですよ」
俺は苦笑した。そうなのだ。ここでは子供も稼ぎ手の人数に入る。だから学びたくてもなかなか自分から言えない状況なのだ。それに場所が領主様の屋敷って言うのも気が引けてるんだろうな。
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