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「おい、カイル。お前わざとリアムに抱きつこうとしてただろ? ああん?」
「まさか。そんなことしたら紅蓮の炎で焼きつくされちまいますからね」
グレンの顔から笑顔が消え冷酷な表情になる。
「リアムの前でそれを言ったらどうなるかわかってるだろうな?」
「冗談っすよ。おっかないな〜」
「何言ってやがる。お前尻尾を出す寸前だっただろ!」
「う……あんまり嬉しかったんで。つい」
「まぁ、感情が尻尾に現れるお前の習性はわかっているが」
「すんません。ウィリアム様は本当に領民や俺らの事を考えてくれてて……。俺、本当はずっと勉強とかしてみたかったんすよ。そしたらウィリアム様のほうから教えてあげたいだなんてっ! めちゃめちゃ嬉しいんですよっ。そんな風に言われた事なかったから……」
「そうか。リアムは見た目は貴族の坊ちゃんだが、ああ見えて周りをよく観察してるぞ。それも外面じゃなく内面を見ようとする。お前が学びたいって気持ちを感じ取ったのかもしれねえな」
「マジっすか! ウィリアム様はやっぱり半端ないっす!」
「おう。根が良いヤツ過ぎて俺は心配でしょうがないくらいだぜ」
「ありゃ。惚気になってきたっすね。へへへ」
「ふん。なんとでも言え」
「それよりいつまであの狸親父を生かしておくんっすか? もうそろそろいなくなっていただいてもいいのでは?」
「いや、まだだ。アイツが居なくなると貴族間の厄介ごとが直接こちらにふりかかってくるかもしれない。できるだけリアムをわずらわせたくないんだ」
「あの狸は砦の前の前衛ってことっすか?」
「捨て駒ではあるがな」
「はは。本人はそう思ってないみたいっすよ。なんせ月に一度は殺し屋を差し向けてくるんすからね」
「諦めが悪いんだよ。さしづめ俺ががいなくなればリアムが折れて自分が後継者になれると思っているんだ」
「馬鹿っすね~。紅蓮様を相手にしようなんて。まあ、殺し屋に関しては俺が駆除しますんで気にしないで下さい」
「そうだな。リアムいわく、お前は害獣駆除のスペシャリストらしいから」
「はははは! 違いねえ。しかしウィリアム様は純情すぎて人を信じすぎる。しかもあんなに別嬪さんなのに、本人はその自覚がなさ過ぎて無防備すぎる。こんな俺にも優しい言葉をかけてくださるなんて。生涯かけて護りたくなる気持ちもわかるっす」
「俺のもんだぞ」
「わっ。わかってますよ! やっぱり紅蓮様はおっかないや。はははは」
「じゃあそろそろ持ち場にもどってくれるか?」
「へいへい。仰せの通りに」
カイルがぺこりと頭を下げるとボンッと身体を三人に分身させ、それぞれ自分の役割分担をしに仕事に戻った。カイルは身体が一つ。頭が三つあるケルベロスだ。普段は一人に見えるように擬態している。三人ともまったくそっくりな容姿をしており互いにテレパシーで意思疎通をしているからたとえ人に見られたとしてもなんとでも言い逃れが出来るのだ。カイルの仕事の速さの秘密はここにあった。
彼も人ではないのだ。だから人間の作法が身についてないのだった。
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