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  店内に入ると、すぐに奥の方へ案内された。ここに来るまでに、枝川さんがこの店に電話をかけていた。今日は席があるから予約が取れたと言っていた。  案内された席は、久弥が言っていた通りの場所だった。座ると、頭が少し出る程度の仕切りがある。もちろんドアはない。他の客の気配もある。 (でも……。ちっともお気楽亭じゃない気がする……)  名前とは反対の店だと思った。落ち着いた和風の店内で騒がしくはない。少し他の客の話し声が聞こえる程度だ。友達同士では来たことがない。久弥と両親とでは経験がある。あの時も緊張した。今はもっとだ。格式が高い気がする。  向かいの枝川さんが、店員へオーダーしている。俺に何を食べるかは聞いてこなかった。メニューを見たところで、何がなんだか分からない。かえってホッとした。 「理久君。戻ってこーい」 「は、はい!」 「飲み物は温かいウーロン茶を頼んだ。飲めるだろう?」 「は、はい」 「適当にオーダーした。何か食べたいものはあったか?」 「いえ。分からないので、お任せします」 「何を頼んだか知っているか?」 「いえ、聞いていませんでした」 「……」  笑われてしまった。ここで言い返すと思うつぼだから我慢した。 「ここはすき焼きの店だ。知らなかっただろう」 「は、はい。温まるぞって。それだけです」 「受け身の子だなあ。どんな料理が出るのかも聞かなかったのか。苦手だったらどうしていた?そもそも好き嫌いがないのか?」 「辛いもの以外なら平気です。偏食はありませんので」 「えらいじゃないか。アレルギーもないのか?」 「はい。ありません。花粉症もありません」 「はははは」 (俺、何を言っているんだ。花粉症は関係ないのに。なんか楽しそうだな……。やっぱり性格が悪い。ご飯って、二時間ぐらいだろう。終わったら帰ろう……)  そう自分を納得させた。料理が届くまで、お通しを口にした。魚の煮物だ。さっぱりしていて美味しい。 「美味しいなあ。家で食べるのと違う。このお茶も美味しい」 「魚が好きなのか。今夜は刺身も出てくるぞ。今日はカツオだそうだ。好きか?」 「うん!大好きだよ。骨がなくて食べやすいから」  魚は好きだが、骨を取るのが苦手だ。いつも久弥に取ってもらっている。母からは、その度に叱られている。 「その煮物は骨がないか。よかったな」 「うん。お兄ちゃんがいないから……」 「何か困るのか?」 「魚の骨を取ってもらっているんだよ。刺身でよかった。すき焼きも食べたかったし……あ……」 (しまった。口が滑った……)  顔をあげる勇気がない。笑われているに決まっている。それでも気になる性分をしているから、目線だけチラッと向けた。そこに居たのは、優しく笑っている人だった。 「笑わないんですか?小さい子みたいなのに……」 「なんで?」 「だって……」 「ん?だって?なに?」 「あの……。さっきまでと感じが違うからです!」 「俺は違わない。同じ感じだ」 「そんなことないから!嫌味を言って、おちょくっていただろ!?」 「君のことが可愛いからだ。それ以上でも、それ以下でもない」  シラっとした顔をしている。なんて嫌味な奴だろう。おちょくっているのは間違いない。 「可愛い?変なことを言うな!」 「君のことが好きだ。可愛いから。けっこう気が強いところも」 「あ……」 (なんでドキッとするだよ……。枝川さんから呪いを掛けられたみたいだ……)  久弥が言っていたことだ。普段の自分じゃないような状態になるのだと。その時には、相手が近くにいるだけで胸がドキドキするという。まさにその状態だ。 (理解不能だ……。自分のことなのに……)  顔まで赤くなってきた。全体的に熱くなったからだ。見られたくないのに、笑顔で視線を向けられている。どんな顔をすればいいのか分からない。
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