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2-5
司会者から、3日間のスケジュールが説明された。オリエンテーション、講義形式、グループワーク、社内見学が予定されているそうだ。先輩社員への質問時間も用意されている。
「注意事項として、参加者の皆さんには……、3日間のインターシップ期間中、個人間での連絡先の交換を控えて下さい。集中して頂くためです。……つぎに、社を代表して、常務取締役、営業企画部部長よりご挨拶を……」
ステージサイドに控えていた男性が、マイクの前に立った。すると、女の子達からの悲鳴が、あちこちで上がった。男性が、驚くほどのイケメンだからだ。俺が会いたかった黒崎常務だ。
(こんな人だったのか……)
電話でしか話したことが無い。実際に見ると、迫力があり、目を惹きつけられる。怖い感じもするが、優しい人だと知っている。俺たちに微笑みかけてくれた。
「おはようございます」
マイクを通して、黒崎常務の声が会場内に響いた。
「おはようございます……」
「おはようございます!」
会場内からは控えめな挨拶が上がった。しかし、たった一人だけ、元気な挨拶が聞こえた。黒崎君の隣に座っている男の子からだった。かなり目立っている。
「みなさん、元気がないですね。起きている方はもう一度、挨拶をしてください」
会場内に小さな笑い声が起きた。すると、さっきよりも大きな声で ”おはようございます" と、声があがった。黒崎常務が一人ずつに挨拶を返していった。ひと通り済んだ後、真ん中の列へ視線を向けて、笑い声を立てた。
(……誰がいるんだろう?)
その先には男性社員がいた。真ん中の列に立って小さな装置を操作していた。そして、黒崎常務からの視線に気づいて、顔を上げた。
「平田君。ここは上司の顔を立ててほしかった。寂しいよ」
「いえ!とんでもありません! ”おはようございます!” 」
平田さんが敬礼したことで笑いが起きた。マイクを通さなくても十分、聞こえるぐらいの大きな声だ。ますますドッと笑いが起きた。すると、黒崎常務が、さっきの元気の子へ視線を向けた。
「君は最初から気合が入っていたね?」
「気合なら誰にも負けません!」
「期待しているよ。説明会で君のことを覚えたよ。……如月涼介君」
「はい!」
会場内から笑い声とどよめきが起きた。こういう子が好きだ。きっと緊張しているだろうに、明るいものにしようと頑張っている。
「今朝もしっかり朝ごはんを食べてきたんだね?」
「はい!田中屋のアンパンです!」
「わが社の商品名を言わないところがいいね」
「あ……っ」
如月君が慌てた様子になったことで、一気に会場内が沸いた。黒崎常務が笑顔が向けた後、挨拶が終わった。壇上から降りた後、裕理君に話しかけていた。2人が並んでいるところを見て、女の子が小さく声を上げていた。始まる前の空気に戻っている。
(すごいなあ……。こんな人から興味を持ってもらえたんだ。頑張ろう。あれ?黒崎君の方を見てる。笑ってる。お兄さんなのかな?仲がよさそうだな。え……。嫌だなあ……)
如月君のほうを見て、コソコソと囁きあっている子がいる。黒崎君のこともだ。今度は隣の列からも聞こえてきた。
(目立っていいな。覚えてもらったぞ。採用に有利だよな、か。俺は競争意識がなさすぎるのか……)
祖父からの言葉を思い出した。お前は困っていないからだ。恵まれた環境の子でも、お前よりも上昇思考を持っているぞ。お前に足りないものだと言われた。
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