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 昼休憩の時間になり、参加者へお弁当が配られた。山本さんと、彼女と同じ大学の吉川さんと、後ろの席の新城君と一緒に食べた。  一時間の休憩だから、手早く食べて洗面所へ向かう子が多い。トイレが集中して混むからだ。今、山本さんが洗面所へ行っている。  吉川さんと新城君とで話していると、同じ大学の山岡君が会話に入って来た。日頃からナンパをしている子だ。この会場内でもやっていた。吉川さんが狙いだろう。そばに座っている。山岡君はモデルのバイトをしている分、イケメンだ。こんなことをしなくてもモテるだろうに。そして、吉川さんに連絡先を聞いていた。でも、彼女が断った。 「連絡先は教えられないので……」 「そう?でもさー」 (困ってるのに……。空気の読めない理久になろう) 「山岡君。向こうで誰か探してたよ。行った方がよくない?」 「マジで?どこで?」 「さっきお茶を買いに行った時。人が多いから誰かは分からないけど。ねえねえ、新城君って、あのコンテストで……」 「面白そうね。それ教えてー」 「……」  うまく話を終わらせた。山岡君が立ち上がり、スマホをいじりながら部屋を出て行った。ホッとすると、吉川さんからお礼を言われてしまった。 「えー?何のことだよ?」 「さっきのことよー」 「えー?」  知らないふりをした。これで一件落着だ。さっきのことは無かったことにした方がいい。後から話の続きを持ち掛けられても、スルーしやすいからだ。  3人で話していると、黒崎君の席の辺りが賑やかになった。新城君が眉をひそめて見ている。争いごとが起きそうな感じがするそうだ。黒崎君と話をしたくて集まっている子達が、取り囲んでいる。 「あの子、黒崎君だっけ?人気者だなー」 「ここの関係者の子だそうよ」 「名前で分かるよな。困っているぞ。あれだけの人数じゃなー。こんな初日から、カンジ悪いって思われたらやりにくいだろうし」 (そうだ、明日のお昼に誘おうっと……)  なんだか黒崎君のことを放っておけないと思った。俺が誘ったら、グループの流れが変わるだろう。 「声を掛けてくるよ。明日のお昼、一緒に食べようって。いいだろ?」 「それはいいけどー。やめておいたら?あのグループ、グイグイやってるし」 「話しかけてくるだけ。ああ、呼んでるよー?」  新城君へ呼びかけている子がいた。お互いにバラけた後、黒崎君の方へ歩いて行った。その途中で、隣の列のグループを見つけた。黒埼君に連絡先を聞こうと囁きあっていた子だ。何故か離れた場所にいる。 (ジーッと見てる……。んん?)  黒崎君のことを取り囲んでいるのは、O大メンバーだらけだ。ほかの大学を寄せ付けない感じがある。 (普通にすればいいのに。感じよく話して仲良くなればいいのにな……)  こういう光景を大学で見たことがある。俺の感想を久弥に言うと、お坊ちゃんだと言って笑われた事がある。  みんなの元にたどり着くと、佐伯も来たのかと言われて、すんなり輪の中に入ることが出来た。黒崎君への質問攻撃に、如月君がフォローをしている。如月君は大学で見かけたことがある子だと思った。 (あれ?同じ大学の子だ。学部が違うのか……)   「ねえ、黒崎君。常務さんって、お兄さんなの?」 「うん、そうだよ」 「ご飯を食べに行こうよ。せっかく一緒にやるし」 「俺もー!」 「そうだ、向こうの店……」 「今日の帰りはどう?」 「えー、それだと……」 「いいじゃんー」  黒崎君は笑顔のままで誘いに乗らない。その目は冷静だ。参加者同士の連絡先の交換は禁止されている。それを守っている。 (すごいなあ。NOって目をしてる……)  しかし周りの方は盛り上がり、スマホを取り出している。ここまで堂々だと笑うしかない。ふと、如月君が俺の方を向いた。さらに資料を見ながら、みんなの方を向いた。インターンシップ期間中に際しての注意事項や、約束事が書かれているものだ。 「なあ。みんな。これ、最初に言われたやつだよ。 友達同士になると、プログラムに影響する。付き合いをするのは3日間が終わってからだって」 「いいだろー?今しても。分からないし」 「決まりだから仕方ないよ。承知の上で参加申し込みしたんだから」 「えーーーー」  黒崎君が意思表示をしたことで、空気が悪くなった。本人のせいではないのに。こういう時は、俺の出番だ。空気の読めない理久になればいい。そして、連絡先の交換がやめられる流れを作れば良いと思った。 「黒崎君!ラインのスタンプで面白いのがあるんだ……」  こう言えば、如月君の他にも、俺のことを止める子がいるだろう。自然に解散になるはずだ。しかし、そうならなかった。俺の後ろを見て、隣にいる子が静まりかえったからだ。 「あ……っ」  それがどうしてなのか気づき、俺も周りの子も固まった。平田さんが通りかかったからだ。さらに、背後には黒崎常務が立っていた。一気に空気が緊張した。同じ学部のメンバーが、ヤバイという顔をしている。そして、わずかな無言時間が過ぎた後、黒崎常務が笑った。 「君たち、ナンパ禁止だよ」 「すみませんでした!」 「君たち、どうしたんだーーー?秘密基地を作っているだろ?僕もさーー」 「作っていませんよーー」  平田さんの冗談に笑いが起きた。笑っている。みんながホッとしていた。年齢は24歳だと言っていた。でも、まだ若いのに、ずっと年上に感じる雰囲気を持っていることが分かった。鋭い感じがある。心の中で面食らっていると、女の子が顔を赤くした。背後に誰か立っているのだろうか? 「君たち、ナンパ禁止だよ」 「すみませんーっ」  背後から聞こえたのは、黒崎の声だった。一気に空気が緊張した。ヤバイという顔をしている子もいる。わずかな無言の時間が過ぎた後、黒崎が優しく笑った。だめだよと言っている。 「約束は守らないとね?」 「はい!」 「僕にも声を掛けたい子がいるんだ。それを我慢しているのに……」 「ええー?」 「それは誰ですか?」 「……黒崎君のことだよ」 「ええ?そんなのナシですよー」 「弟さんですよー?」 「……なになに?常務がどうしたって?わーー、すみませんでした!」  平田さんが入ってきて賑やかになり、叱られなくて済んだ。本当にそうかどうかは分からない。ここまでタイミングよく通りかかるはずがない。見られていたに決まっている。   (失敗した……。後で黒崎君に謝ろう。巻き込んだよね……)  黒崎君を取り囲んでいたメンバーが自然に解散して、自分の席に戻っていった。
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