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2-8
昼休憩の時間になり、参加者へお弁当が配られた。山本さんと、彼女と同じ大学の吉川さんと、後ろの席の新城君と一緒に食べた。
一時間の休憩だから、手早く食べて洗面所へ向かう子が多い。トイレが集中して混むからだ。今、山本さんが洗面所へ行っている。
吉川さんと新城君とで話していると、同じ大学の山岡君が会話に入って来た。日頃からナンパをしている子だ。この会場内でもやっていた。吉川さんが狙いだろう。そばに座っている。山岡君はモデルのバイトをしている分、イケメンだ。こんなことをしなくてもモテるだろうに。そして、吉川さんに連絡先を聞いていた。でも、彼女が断った。
「連絡先は教えられないので……」
「そう?でもさー」
(困ってるのに……。空気の読めない理久になろう)
「山岡君。向こうで誰か探してたよ。行った方がよくない?」
「マジで?どこで?」
「さっきお茶を買いに行った時。人が多いから誰かは分からないけど。ねえねえ、新城君って、あのコンテストで……」
「面白そうね。それ教えてー」
「……」
うまく話を終わらせた。山岡君が立ち上がり、スマホをいじりながら部屋を出て行った。ホッとすると、吉川さんからお礼を言われてしまった。
「えー?何のことだよ?」
「さっきのことよー」
「えー?」
知らないふりをした。これで一件落着だ。さっきのことは無かったことにした方がいい。後から話の続きを持ち掛けられても、スルーしやすいからだ。
3人で話していると、黒崎君の席の辺りが賑やかになった。新城君が眉をひそめて見ている。争いごとが起きそうな感じがするそうだ。黒崎君と話をしたくて集まっている子達が、取り囲んでいる。
「あの子、黒崎君だっけ?人気者だなー」
「ここの関係者の子だそうよ」
「名前で分かるよな。困っているぞ。あれだけの人数じゃなー。こんな初日から、カンジ悪いって思われたらやりにくいだろうし」
(そうだ、明日のお昼に誘おうっと……)
なんだか黒崎君のことを放っておけないと思った。俺が誘ったら、グループの流れが変わるだろう。
「声を掛けてくるよ。明日のお昼、一緒に食べようって。いいだろ?」
「それはいいけどー。やめておいたら?あのグループ、グイグイやってるし」
「話しかけてくるだけ。ああ、呼んでるよー?」
新城君へ呼びかけている子がいた。お互いにバラけた後、黒崎君の方へ歩いて行った。その途中で、隣の列のグループを見つけた。黒埼君に連絡先を聞こうと囁きあっていた子だ。何故か離れた場所にいる。
(ジーッと見てる……。んん?)
黒崎君のことを取り囲んでいるのは、O大メンバーだらけだ。ほかの大学を寄せ付けない感じがある。
(普通にすればいいのに。感じよく話して仲良くなればいいのにな……)
こういう光景を大学で見たことがある。俺の感想を久弥に言うと、お坊ちゃんだと言って笑われた事がある。
みんなの元にたどり着くと、佐伯も来たのかと言われて、すんなり輪の中に入ることが出来た。黒崎君への質問攻撃に、如月君がフォローをしている。如月君は大学で見かけたことがある子だと思った。
(あれ?同じ大学の子だ。学部が違うのか……)
「ねえ、黒崎君。常務さんって、お兄さんなの?」
「うん、そうだよ」
「ご飯を食べに行こうよ。せっかく一緒にやるし」
「俺もー!」
「そうだ、向こうの店……」
「今日の帰りはどう?」
「えー、それだと……」
「いいじゃんー」
黒崎君は笑顔のままで誘いに乗らない。その目は冷静だ。参加者同士の連絡先の交換は禁止されている。それを守っている。
(すごいなあ。NOって目をしてる……)
しかし周りの方は盛り上がり、スマホを取り出している。ここまで堂々だと笑うしかない。ふと、如月君が俺の方を向いた。さらに資料を見ながら、みんなの方を向いた。インターンシップ期間中に際しての注意事項や、約束事が書かれているものだ。
「なあ。みんな。これ、最初に言われたやつだよ。 友達同士になると、プログラムに影響する。付き合いをするのは3日間が終わってからだって」
「いいだろー?今しても。分からないし」
「決まりだから仕方ないよ。承知の上で参加申し込みしたんだから」
「えーーーー」
黒崎君が意思表示をしたことで、空気が悪くなった。本人のせいではないのに。こういう時は、俺の出番だ。空気の読めない理久になればいい。そして、連絡先の交換がやめられる流れを作れば良いと思った。
「黒崎君!ラインのスタンプで面白いのがあるんだ……」
こう言えば、如月君の他にも、俺のことを止める子がいるだろう。自然に解散になるはずだ。しかし、そうならなかった。俺の後ろを見て、隣にいる子が静まりかえったからだ。
「あ……っ」
それがどうしてなのか気づき、俺も周りの子も固まった。平田さんが通りかかったからだ。さらに、背後には黒崎常務が立っていた。一気に空気が緊張した。同じ学部のメンバーが、ヤバイという顔をしている。そして、わずかな無言時間が過ぎた後、黒崎常務が笑った。
「君たち、ナンパ禁止だよ」
「すみませんでした!」
「君たち、どうしたんだーーー?秘密基地を作っているだろ?僕もさーー」
「作っていませんよーー」
平田さんの冗談に笑いが起きた。笑っている。みんながホッとしていた。年齢は24歳だと言っていた。でも、まだ若いのに、ずっと年上に感じる雰囲気を持っていることが分かった。鋭い感じがある。心の中で面食らっていると、女の子が顔を赤くした。背後に誰か立っているのだろうか?
「君たち、ナンパ禁止だよ」
「すみませんーっ」
背後から聞こえたのは、黒崎の声だった。一気に空気が緊張した。ヤバイという顔をしている子もいる。わずかな無言の時間が過ぎた後、黒崎が優しく笑った。だめだよと言っている。
「約束は守らないとね?」
「はい!」
「僕にも声を掛けたい子がいるんだ。それを我慢しているのに……」
「ええー?」
「それは誰ですか?」
「……黒崎君のことだよ」
「ええ?そんなのナシですよー」
「弟さんですよー?」
「……なになに?常務がどうしたって?わーー、すみませんでした!」
平田さんが入ってきて賑やかになり、叱られなくて済んだ。本当にそうかどうかは分からない。ここまでタイミングよく通りかかるはずがない。見られていたに決まっている。
(失敗した……。後で黒崎君に謝ろう。巻き込んだよね……)
黒崎君を取り囲んでいたメンバーが自然に解散して、自分の席に戻っていった。
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