2-11(理久視点)

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2-11(理久視点)

 13時。  午後からの講義開始のアナウンスが流れた。この時間の講師は黒崎常務だ。ステージに上がった後、マイクを通して声が響き渡った。 「……この時間を担当いたします、黒崎です。午前中の『鬼』より予告がありましたとおり、リラックスした……。あの ”鬼” は……。午前中の ”鬼” は、マーケティング推進室で室長をやっていた者です。現場から離れてしまったのには、そういった社内事情によるものです……」  参加者たちがクスクス笑い出した。俺も同じように笑った。隣の山本さんと視線を合わせていると、壁沿いに立っている枝川さんと目が合った。 (ごめんなさい。よそ見をしていました……)  ペコっと頭だけ下げて、ステージの方を向いた。他の人達と笑っているようだ。黒崎常務の話が面白いからだ。  今の時間の題材は、ソフトクリーム好きな少年の話だ。どうやって商品を選んで店に買いに行くかというものだ。すると、スクリーンに新しいものが映し出された。次の時間でやるグループワークの題材で、つくりたいお菓子と売り出す場所がテーマだ。 (面白そうだな。こういうのは得意だ。あれ?空気が変わった……)  黒崎常務は笑顔のままだが、社員たちの空気が緊張したものに変わった。気のせいだとは思えない。さっきまで笑っていた平田さんが黙っているからだ。枝川さんは変わりないようだ。 「……次の時間はグループワークです。その前に、今朝のオリエンテーションでもお願いした約束事に、再度、触れます。インターンシップ期間中は、連絡先の交換は控えてください。この会議室を出た後も同じです。一緒にやる仲間ですから、早く仲良くなりたいという気持ちは分かります。会ったばかりの人との関り方を学ぶことが目的のひとつです。……また、各インターンシップ生の安全を考えてのことです。エントリーシートに書かれている内容、選考を重ねているので、当社としては見知らぬ方ではありませんが。今回の題材がいい例です。知らない人の車には乗らないように。この時間は終了です……」  ザワザワ……。  会場内がざわめき始めて、誰がやったの?そんな囁き声が上がり始めた。会場内が静まり返った後、黒崎常務が壇上から降りた。司会者から、休憩時間に入る旨のアナウンスが流れた後、さらにざわめきが大きくなった。 「山岡君のことかな……。たぶんそうだよね……」 「それだけじゃないよ。俺も黒崎君に……」 「え?佐伯君が?なんで?」  山本さんが席へ戻ってきた。その流れで山岡君のことを話した。まさか佐伯君がルールを破るなんてと驚かれた。 「誤解でしょう?話しかけただけじゃないの?」 「ううん!言い訳できないよ……」 (本当は聞こうとはしてないけど。そう見えても仕方のないことをしたんだから。それに……。もし聞けたらって思ったのは事実だもん……)  ざわめきが大きくなった。参加者からの囁き声が、なぜか大きく聞こえてくる。 「ヤバくない?そんな子がいたんだ?」 「さっきの子たちでしょうー?ほら、集まって大きな声で話してたもん」 「笑ってすんでいたでしょう?」 「他にもあったんだよ。しつこくされたって」 「えー?覚えられているんじゃない?」 「その子たち、終わったねー。ここじゃ受ける意味ないね」 「同じ大学の奴、可哀そうだな」 (失敗した……。こっちを見てるし……)  本当に視線を向けられている。気のせいではない。吉川さんが俺たちの席へ来た。どうして佐伯君がそんな顔をしているの?そう話しかけられても、弁解の余地はない。黒崎君に謝りに行きたいのに、この空気の中では身動きができない。こんな自分が大嫌いだ。  スマホへ視線を向けると、メッセージが入っていた。ここに参加しているO大のメンバーたちだ。 (来週の……都合が悪くなったって。え……?グループから外されてる。こっちもだ……)  ラインのグループから外されたようだ。このメンバーも黒崎君を囲んでいたのに。悪者を差し出して、自分は逃げるという作戦を取ったことが分かった。この連帯感が気持ち悪い。それでも嫌われたくないとまで思っている。 「佐伯君?友達かな?」 「え……」 「さえきーー、ちょっと……」  声を掛けてきたのはO大のメンバー達だ。参加が決まった時に嫌味を吐いてきた子、ある企業の経営者の息子、意識高い系などの3人だ。この中には山岡君の姿はない。彼を身代りにしないのか?彼こそ注意を受けたのに。
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