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 枝川さんの体に触った。離れてくれと意思表示だ。でも、離れてくれなかった。 「枝川さん、あの……っ」 「理久。もう少し……」 「……っ」 (理久って?どうして……佐伯君じゃないの……。分からない……)  その手も握られて、壁に押し付けられた。目を閉じているから、どんな顔をしているか分からない。目を開けるのが怖い。 (怖い……。助けて。だめだ、自分でやらないと)  ゆっくり目を開くと、自分のまつ毛が見えた。ほんの少ししか開けられない。視線だけを上に向けて、ドキッとした。 (真面目な顔をしてる……。からかっていないのか。どうして?)  怖い目でも嫌味たらしいものでもない。笑ってもいない。押さえつけられても、痛くはない。強引でも、強くはキスされていない。軽く触れている。回数が多いだけだ。 「枝川さん。キスなの?これって?」 「え?」 「これって何かな?」 「ああ……」  枝川さんが動かなくなった。そのまま俺のことを見つめている。  そのまま俺も見つめ返した。短い無言の後、枝川さんが吹き出して笑い出した。そして、俺の口元に指先で触れてきた。されるがままになっていると、もう一度キスをされた。 「本当に受け身すぎる。さっきのはキスだ。君のことが好きになったと言ったはずだ」 「え?売り言葉に買い言葉だろ?」 「嘘はつかない。嫌いだから」 「そんな……。会ったばかりだよ?どうして?」 「一目ぼれした。その後で、もっと好きなった。頑張っていたからだ」 「あの……」  それは嬉しいことだ。良い評価をもらったから。何だかんだ言っても、枝川さんは仕事では真面目だ。しかし今回の告白は別だ。久弥から教わったことがある。自分も納得していることだ。 「お兄ちゃんから教えられたことがあるんだ。すぐに告白してくる相手は信用できないって。何度も会って、気持ちを確かめてから告白するものだって。それが筋だって……」 「そうとも限らない。好きになるのには時間は関係ない」 「それはそうでも。告白するまでの時間のことを言っているんだよ。受け止める相手のことを大事にしているんだ。知り合ったばかりの人からだと、答えに困るよ」 「早い者勝ちだ。誰かに奪われる前に行動している。答えはここでは要らない。もっと俺のこと知ってくれ。それから答えがほしい」 「うん……」 (信用できない。ここは素直にうなずいておこう。帰れなくなりそうだから……)  俺も嘘は嫌いだ。今はついていない。返事をしただけだ。  さあ、店に入ろう。そう言って、枝川さんが二階のボタンを押した。そして、何事もなく、店内に入ることが出来た。
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