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(それだけ追い詰められているのか……。俺なんか大したことないよね。お祖父ちゃんから言われたぐらいで……)  サエキ酒造の会長を務めている祖父からは、うちのインターンシップに参加するように言いつけられた。それだと入社するも同然だ。今までコネを使ってスイスイ泳いできた。そんな自分とはお別れする。  温室で育ったのに荒波を泳げるのか?そんなことを面と向かって言われた。嫌われたくないなんて言っている自分が、と。何かしないと始まらない。だから黒崎製菓へ入社したい。  インターンシップ申し込みをした際、いっそう強く志望動機になる出来事があった。甘酒が大好きだから、発明オタクとしては何か作りたかった。考案したのが ”ひとり分の甘酒製造機” だ。材料を加熱した後の保温次第で味が変わるため、その容器を作っている。  黒崎製菓には、モノづくりの面で刺激を受けている。インターンシップの申し込みをネットで済ませた後、試作品のことを書いた添付ファイルを送信した。見てもらえるといいな。そんな淡い期待を抱いてのことだ。  一週間後に奇跡が起きた。黒崎製菓の常務取締役と名乗る人から電話が掛かってきた。面白いアイデアだと。さらにはインターンシップの参加者として決定したこと、試作品を持ち込んでもらえるなら見たいという話だった。向こうだって忙しいだろうに、製造機のことを熱く語ってしまった。   『……こうこうこうなんです!』 『……ガッツがある。インターンシップまで待たずに連絡がほしい』 『……本当ですか?』 『……本当だよ。歓迎する』 『……ありがとうございます!』  あの時は胸が熱くなった。黒崎常務は黒崎社長の息子だと、父が言っていた。なのに、お坊ちゃんという感じがしなかった。ぜひとも会いたい。そして裕理君にも。久弥に頼めばなんとかしてもらえそうだが、今回は人の力を借りたくない。  いつの間にか、久弥がそばに立っていた。雑誌を手にしている。毎月買っている料理雑誌だ。趣味のお菓子づくりのためだ。 「理久、欲しいものはないのか?明日のインターンシップにオヤツを持って行け。集中力が途切れるといけない。そうだな……。アーモンドとクルミがいい」 「大丈夫だよ」 「発明以外のことだと、お前、視線がうろうろ動くからだ。休憩時間に腹に入れておけ」 「うん」  久弥の言うとおりだ。好きなことを考えている間は没頭している。相手の話すら聞いていない。でも、それ以外だと退屈で、あれこれと空想しているから、視線が動きがちだ。久弥はそれを心配している。俺は空気が読めないことが、チャームポイントだと高校時代は受け取られていた。今は違うし、さすがに大学生にもなれば直したい。久弥はそれが分かっているから、アイデアを出してくれる。健康オタクだから情報量が多い。吸収する元は近所のおじさんやおばさん達だ。 「アーモンドは血糖値の上昇を抑える。いい油が含まれる。食塩無しのプレーンなものがいい。クルミはブレインフードとも呼ばれる」 「ふうん……」 「カカオ95%のチョコレートも必要だ。黒崎製菓の、ウサギのジュリエットシリーズだ。ダイエットにもいいし腹持ちがいい。甘くないから血糖値の……」 「下降も防げるって?」 「そのとおりだ」  手早く商品をレジへ持って行き、会計を済ませた。これで終わりかと思えば、さっきの物思いへのツッコミが始まった。 「明日は裕理に会えるはずだ。講師役だそうだぞ。気になっているだろう?写真があるから見ておけ」 「いいよ……」 「いきなり会うより心構えが出来るはずだ。ほら……」 「ありがとう……」  久弥から裕理君の写真を見せてもらった。スマホの画面には何枚かの画像がある。記憶の中の人とは印象が違っているのに、たしかにそれは裕理君だった。昔よりも楽しそうに笑っている。隣にいる子が久田君だろう。 「この子が久田君?」 「そうだぞー。カッコいいだろう?」 「うん。イケメンだね!」  理知的というイメージだと思った。ぼうっとして見ていると、久弥から帰るぞと声をかけられて、店を出た。写真の中で再会した裕理君に明日会える。胸を張って目の前に立とうと思った。
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