2-1 インターンシップでの出会い 

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2-1 インターンシップでの出会い 

 12月18日、火曜日。午前8時半。  黒崎製菓本社ビル前に到着した。今日から3日間、ここへ通う。最寄りの京橋駅から歩いてすぐの場所だ。オフィス街だから、歩行者はスーツ姿の人ばかりだ。もちろん俺もスーツ姿だ。  この日のために久弥が用意してくれた。わざとらしくなく、かといって普通でもない。気の利いたコーディネートだと鼻息を荒くしていた。久弥はサエキ酒造の営業部で勤務していた。だからこその提案スタイルだ。襟元が大事だと言い聞かされたから、駅の洗面所で直してきた。 (コネというか、恵まれているというか。スイスイ泳いでいる自覚アリだ……)  黒崎製菓は9時が始業時間だ。コートを着たまま駆け込む人や、小走りをしながら電話中の人がいる。その後ろをついていき、エントランスをくぐった。 「えーと。受付カウンターは……」  本当に広いロビーだ。緊張している参加者たちが立っている。その反対に、ヤル気になっている ”意識高い系” もいる。俺は何系かというと ”のんびり系” だろう。お坊ちゃん系ともいえる。  受付カウンターらしき場所には人だかりが出来ている。受付で参加者バッジを受け取る必要があり、ちょうどラッシュに当たってしまった。まだ時間があるから待とう。  壁沿いに移動していると、背後から声を掛けられて立ち止まった。”運営スタッフ” というネームを下げている。 「君、こっちから並ぶといいよ」 「ありがとうございます」  声をかけてくれたのは、スッキリした印象の背の高い人だ。年齢は20代後半ぐらいか?裕理君の姿と重なった。画像の中の人は優しい顔立ちをしていた。しかし、目の前の人は怖い感じすらする。 「どういたしまして。混雑して分かりづらいだろう。ごめんね」 「いえ、そんな……」 「今日はよろしくね」  男性がニコッと笑ったことで、人懐っこいイメージになった。きっと目元が鋭いからだろう。いかにも優秀そうだ。  促されて受付の列に並んだ。思ったよりスムーズに人が流れていき、すぐに自分の番になった。名前と用件を告げて、出された紙に署名した。それと交換して参加者バッヂを受け取った。 「ありがとうございました」 「頑張ってください」 「はい!」  いつも通りに返事をすると、受付の人からクスクス笑われた。元気な方がいい。そうしないと相手に伝わらない。ウジウジするのは逆効果だ。 (さあ、エレベーターへ行こう……)  カウンターから離れると、さっきの男性がそばに立っていた。 「ありがとうございました。受け取れました」 「佐伯理久君。甘酒製造機の考案者だね」 「え?ご存知だったんですか?」 「僕は営業企画部の者だ。君から送られたメールを読んで、うちの常務に渡した。電話をかけさせてもらっただろう。今日は何か持ってきた?」 「は、はい!」  黒崎常務の部下だったのか。しかも、彼が話をつなげてくれたのか。今日はラッキーな日だ。 「その節はありがとうございました。黒崎常務とお話が出来て、参加までさせて頂けて嬉しいです。改善した考案ノートを持参しています。もし目を通して頂けるならと……」 「もちろん常務に伝えよう。待っているよ」 「ほんとに!? ……すみませんでした」  胸が熱くなり過ぎてテンションが上がってしまった。男性は笑うだけで、気分を害していない様子だ。ホッとした。 「元気のいい子だね。誰かに似ている気がして声を掛けたんだよ。ご身内はいらっしゃらないのか?この会社に……」 「いえ、ここには……」  サエキ酒造として付き合いがある。しかし、それはここでは必要ないことだ。いませんと返事をすると、男性が首をかしげた。 「ごめんね。アヤシイ人に見えるか?」 「いえ、とんでもないです。もしかして……」  久弥のことかも知れない。似ていると言われるからだ。ただしそれはプライベートでのことで、ステージ上しか知らない人からは気づかれない。 「あの……」  久弥のことを口にしようとして止めた。迂闊なことは言ってはいけない。 「どうしたんだ?ああ、無理に聞き出そうとしていない。さっきから何度もごめん。気にしないでもらいたいけど……」 「いえ!平気です!話すのは大好きなんだ!……えーーーと」  俺の悪い癖だ。好意を持たれると素直に受け取って反応する。なかにはトラップが存在すると両親からも、久弥からもいい聞かされているのに。人を疑うことを知らない温室育ちだ。大学までは自覚のなかったことが浮き彫りになった。 「今日は楽しんでね」 「はい!」  忙しいに決まっているから退散しよう。ペコっと頭を下げた。エレベーターへ向かおうとすると、男性も一緒についてきた。さすがに平気なのに。 「大丈夫です。エレベーターはすぐそこだし……」 「僕も会場に入るからだ。一緒に行こう。だめ?」 「そんなことないです。ありがとうございます」  なんて親切な人だろう。怖いと思ったのは失礼だった。人懐っこい笑顔をしているし、話し好きだろう。久弥と共通している部分を感じた。  さあ行こうか。そう促されてエレベーターへ向かっていると、受付から声を掛けられた。すると、男性が振り向き、返事をした。 「枝川(えだがわ)チーフ。お電話が掛かっています」 「ありがとう。佐伯君。少し待ってもらえる?すぐに終わるから」 「いえ、一人で平気なので!」 「そう言わずに……」 「会場へ行きますので。ありがとうございました!」  ここは気を利かせて先に行こう。邪魔になるからだ。頭を下げてエレベーターへ向かった。
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