つよがり

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その日、帰宅ラッシュの時間帯にゲリラ豪雨が都内を襲った。 撮影予定の仕事が急遽中止になり、早く帰ることができた秋月昴は、 マネージャーの運転する車の中にいた。 家近くの大通りで下ろしてもらい、 深く帽子をかぶり、マネージャーに送迎のお礼を言って、 足早にエントランスを走り抜け、勢いよく部屋のドアを開ける。 「深月…!」 靴はあるのに室内の電気はついていない。 洗面所からもれる明かりに向かうと。 深月はちょっと驚きつつ、おかえりと言ってくれた。 雨か? しっとり濡れた髪と唇。 着替え途中だったらしく胸の谷間まで見えた。 肌に貼りついた白いシャツと透けたブラ。 艶めかしいストッキングの脚。 身長差から上目遣いになる瞳。 下半身へ熱が集まって目を反らしてしまう。 素直すぎる自身に叱咤しながら口は大丈夫かと聞けていた。 (おい、エロすぎんだろー。俺の理性、耐えろ) 「え、うん。すごい雨だったね。濡れなかった?」 「…あぁ。送ってもらったから」 頼むから続けてくれと思うのに真面目な彼女は、 俺との会話を優先し、着替えを中断させてしまう。 「そっか。…? どうしたの?」 「いや、…あのごめん」 (だめだ。直視できねぇ…) 「何が?」 怒っているかと思った恋人は、キョトンと俺を見る。 「…見ただろ。その、週刊誌」 「見たよ」 「怒ってないのか?」 「なんで?」 「なんでって…」 想定外の反応に俺の方が戸惑う。 ここはどういうこと!?って怒るとこだろ?? 「嘘だってわかってるんだから怒ったりしないよ」 「…深月…」 流石優等生…というか、大人の回答。 何だか肩透かしを食らった気分だ。 (やきもちとかあってもいいような…) 「それに…」 「?」 「嘘か真実かわからないような記事を書かれることには慣れてるもの」 困ったように笑ってみせる。 「一応芸能一家だしねー。親の不倫とか見るのは複雑だったけど嫌でも慣れちゃうよね~…」 「……」 言われてみればそれはそうなんだが。 おどけて見せながら苦笑しつつ締める。 「しかたないよ」 あ、つよがりだ…。 これはもうあきらめたって笑い方。 もうしょうがない、受け入れてくしかないんだよって。 俺とつきあうより前からずっと…こんな風に…。 今まであきらめて泣いたこともあったんだろうか。 親の不倫とかそんなの、…。 多感な頃に知りたくなかっただろうに。 嫌な気持ちになってもさせられても仕方ないよって、 深月に言わせるのは、なんか違わないか? ――――それは俺の甘えじゃないのか。 「ちょ、待って。昴の服が濡れ…」 たまらず抱きしめようとすると深月は俺の服の心配なんてしている。 「いいって」 「でも…」 「…冷てぇな」 「だから言ったじゃないの。離れ…」 「俺じゃない。…深月が、だ」 「え」 恥ずかしいのかシャツの前を手で隠してる仕草さえ妙にそそる。 「髪も、顔も、冷たい。首も、耳も…」 言葉の順に触れると小さく声がこぼれる。 プチッ…ヤバい…。 理性が切れた。 その瞬間俺は、深月の唇を貪っていた。
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