夫婦漫才

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「ネクストステージ、 阿吽の呼吸で今一番話題の夫婦が今夜会場を笑いで埋める!!」 誇張された白昼夢のような鮮やかな赤や金で覆われた舞台には司会の国民的コメディアンが横に立つ人気女優と美しいトークを繰り広げている。ステージの前には人、人、人の大所帯。抽選から選ばれたのだろうか、様々な世代の人達が目を輝かせて漫才を待ちわびている。 「今年一番売れたよなぁこのコンビ、仲が良くて安心感がある」 そして俺も同じように座って漫才を待っている。妻はいつの間にか席を外していた、彼ら夫婦の眩しさにヤキモチを焼いたののだろうか。馬鹿な俺にはよく分からない。 「どうもー!夫婦で漫才をさせていただきますマリッジゴールドですー!」 「どうもどうも、別れるまでの期間限定漫才なので皆さん次回はないと思って楽しんでください。」 「なにいうとんねん!怖いなぁ〜」 会場からドっ!と破裂音のような笑い声が聞こえてくる。バラエティ番組の録音笑いにはない、"ホンモノ"感があってとても良い。 「ほんで突然なんだけどね、私今セカンドパートナー探してるんよ」 「あぁそうなんだ!…て待って?!え、俺夫なんだけど?!」 「そのネタ大丈夫かよ笑笑」 個人的になかなかセンシティブなこの方向性のネタに思わずマジかと驚嘆の声が漏れ出る。 「プラトニックな恋がしたいんよぉ私も」 「いやいや、勘弁してくれよこんなお客さんいる前で」 「そんでペットボトルにもタッパーにもなってな、ずっと一緒にいたくてぇ」 「それプラスチックや!そんなん燃えちゃうよ!あと毒も放出するて!…てそれは今もか」 流れるような漫才に俺の声はかき消され漫才師に負けず劣らない笑いと拍手の渦が起こっている。 「プラスチックて!…そういえば今日のおかずまだ食べきってないや」 冷蔵庫に入れるタッパーの中身は結婚してから2倍に増えた。2人で食べるが彼女の方が毎回少し多いと残すのでその分も食べるのが俺の仕事だった。今日も4割くらいが未だにタッパーに入っており今日は厳しそうだと苦笑きた。 そんなこんなで戻ってくると漫才はおそらく終盤あたりに差し掛かっていた。俺がテレビの外でなく会場にいたとしたら目をそらすことはなかったのだろうか。 「な!これで俺の魅力が伝わったやろ!」 「ふんっ…」 「まだ認めてくれんのかい…」 「ふんっ…♡」 「あぁ認めてくれてるぅ、良かったぁ」 やはりこのコンビは仲が良い。SNSもたまに見ているが私生活の姿でもふたり楽しそうに笑っていることからもそれが伺える。それにコンビネーションが特筆して優れている。歴代1位の名コンビが解散した今業界1位は文句なく彼らだろう。 「じゃあいこっか」 「いつの間にか遠くに行かれてたな…」 「ってあれ?おーい反応してー」 「反応数も少なくなっていたかもなぁ」 「ふんっ………♡」 「て司会者の方見とるんかいぃ!なんでそんな堂々と不倫しようとするのよ最悪だよ!」 思わず手を叩き爆笑する司会者、舞台を上手に利用しているともいえるだろう。 「昔のことはいくらでも完璧に思い出せるのに今に近づくにつれ思い出せる記憶の数が減っている。こんな持ちネタじゃ食えないよな…」 「でも私たちはずっと離れないんだけどね」 あの日彼女がそういった言葉、何気ない一言に胸が踊ってコミカルなリズムを刻んでいた。 「それはそうやな」となんでもないような言葉でいつも返すもののそんな日々が嬉しくて仕方なく、ずっと夫婦漫才のように笑顔の絶えない日々を送れると思っていた。 「漫才だったらオチがあって綺麗に幕が落ちるんだろう、でも俺たちは漫才ではなかった。だからオチもないそれぞれの脚本がずっと続いてくんだよな」 客席からは溢れんばかりの拍手喝采が聞こえ深くお辞儀する彼らの全身に隙なく浴びせている。1枚の紙の上小さく笑ったその声が指すのは漫才師への賞賛か、はたまた別の感情によるものか。 言いたくもない、これから死ぬまで決して言いたくなかった言葉が俺たちの駄作に終わった期間限定夫婦漫才の幕を閉じる。 「もうええわ、どうもありがとうございました。」 その紙には仲が良かった2人の名前が漫才コンビのように綺麗に並んでいた。
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