ドーパミンは出なくとも

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 一歩、二歩、三歩。  花織は進んでから、くるりと振り返った。止まったのは一瞬で、また足は進む。先ほどよりも少し遅く、迷いの見える歩幅。  目を伏せた花織は前見て、こちらを見て、ふっと息を吐いた。 「……今は、楽しくない?」  ぽそりと落とされた言葉は一度耳を通り抜けた。それから合わされた真っすぐな視線の奥が、言葉の意味を連れてくる。 「何で?」  けれど問われた意味は分からない。思わず聞き返すと、花織が薄く笑った。 「今が一番楽しい時期、なんでしょう」  諦めたような、失望したような、中身のない(から)の笑み。俺がさっき、湯原に言った言葉だ。それは、どういう意味だろうか。 「休みの日は私に合わせて起きないといけないし、何か用事がないと一緒に出かけるのも億劫だし」  ね、と誰にともなく同意を求めた相づちは静かに道端へ転がっていく。 「三年たったら恋は冷めるんだって」  付き合って三年、結婚して三年。今朝がた思ったことを思い出した。  一番楽しい時期だな。  入れ替わりで自分の言葉も思い出して、はっとする。  目は早く覚めていて、うとうとする時間が好きなだけ。花織が起きた頃には意識があるのだと伝えたことはない。こんな寒い日に外出して風邪を引きやしないかと考えたことも口にしていない。つまりそれをどう取るかは、花織に任されてしまっている。
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