ドーパミンは出なくとも

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 花織は本当はパンが好きで、だから俺は花織の機嫌を損ねた昔のあの朝、フレンチトーストを焼いた。普段調理するのはご飯のおかずばかりで、あれから何度か焼いて上手くなったのに、最近では作っていない。  朝の食卓に和物が多く並ぶのは、俺がその方が好きだから。外出も俺の方が好きだ。何でもなく、ただ出かけて、散歩をして、新しくできた店を覗いたり、あの公園でコーヒーを飲んだり。花織は一人でいると屋内が多く、誘うのはほとんど俺だった。  特別関係が悪化したわけではない。けれど半分ずつ半分ずつで成り立っていた生活は、本当は少しずつ、ずっと傾いていたのかもしれない。 「……ごめん、そういう意味じゃなかった」  結婚したばかりの、今が一番楽しいなんて。まるでこれから楽しくなくなっていくようだ。まるで今が、楽しくないようだ。  昔、言われた時はどう思ったんだっけ。口にした先輩に大した意図はなかったかもしれない。小さな子どもがいる先輩たちは、今が一番可愛い時期だと、それより上の人たちに良く言われている。皆そうやって自分に、未来に呪いをかけている。  だから湯原は曖昧な笑い方をした。その言葉の意味を理解していた。でも俺の手前、それを誤魔化したのだろう。月曜に会社で会ったら謝ろうと頭の片隅で計画しつつ、今はそれどころではないと分かっている。俺が湯原に笑った時、花織はどんな顔をしていたのだろう。 「花織」  名前を呼ぶと、視線がちらりと俺を向いた。こうしていれば、ちゃんと顔が見える。
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