10人が本棚に入れています
本棚に追加
1.頑なな種
結婚して半年経ったある日、彼はもったいぶって語った。
「一年目の結婚記念日は紙婚式と言ってね、白紙のような二人の将来の幸せを願い、紙製品を贈るんだって」
「それじゃ、離婚届をくださいね」
無表情で返す私に、彼は当惑し言葉を失った。
しかしーー
半年後、私からの要求などなかったかのように、彼は人懐こい笑顔で、ベージュのノートを差し出した。
「一年目は日記帳を贈るって決めてたんだ。実は結婚した時からつけてたんだけどーー」
「記録があった方が、離婚の時揉めないものね」
「またそんなことを……。この一年、苦しいこともあったけれど、それでも君と過ごせて良かったし、これからも二人の思い出を綴っていこう」
この結婚生活を続けるつもりなのかと思うと、頭が痛い。
「妄想日記なら勝手にやって。そんなもの私にはいらないって分かるでしょ?」
この先の私達に、幸せな思い出が描けるはずはないのにーー。
◇◇◇
二年目、藁婚式。
「なにこれ、藁人形が欲しいって言ったよね?」
私の苛立ちをよそに、彼はニコニコ顔で答える。
「そう、藁の人形! 春に花巻に行った時に買ってきたんだ」
確かに藁で作られたものだが、これは仔馬を模した民芸品だ。
「藁人形ではないよね?」
私はトーンを落とし、彼は能天気に説明書きを読み上げた。
「『忍び駒』って言うんだって。五穀豊穣や子孫繁栄にご利益あり……つまり、お守りだね」
「えぇ! お守り? 子作りだなんて、冗談でしょう?」
そうか、これは石女の私に対する彼なりの皮肉なんだ。
離婚する勇気はないから、結婚記念日に憂さ晴らしするつもりね?
◇◇◇
三年目、革婚式。
「これはなんなの?」
「小物入れだよ。インテリアにどうかなって」
四角い革を四隅から摘まみ上げて作ったそれは、底が不安定で収まりが悪そうだった。
「使うわけないでしょう? 死んだ動物の皮より、新しいペットでも飼えば?」
「ペットが君の代わりになるとか思ってない?」
ハの字に眉を下げ、唇を突き出した彼は、歳の割に幼く見えた。
他の誰かと付き合っていれば、私に執着することもなかったかもしれないのにーー。
最初のコメントを投稿しよう!