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4.八分咲きに曇る空
十年目。
「錫婚とアルミ婚の二択なら、アルミかな。鮭のホイル焼きが食べたい気分なの」
私の突然のリクエストに、彼は驚いたようだったが、当日は朝から釣りに行き、新鮮な鮭を調理してくれた。
「熱かったら言ってね」
彼は鮭をほぐし、あら熱がとれると私の口に運んだ。
鮭から溢れ出た暖かな旨みが、胃へ流れ落ち、身体中に染み渡った。
「美味しいーー」
自然に口からこぼれた言葉に、私自身びっくりした。
こんなに素直な感情を口にするは、いつ以来だろうーー。
◇◇◇
翌年、十一年目の鋼鉄婚式は、彼が少年時代に夢中になっていたというロボットアニメを一日中観て過ごした。
私とよりも、自分の子供と観たかったのでは、と思うと胸が痛かった。
◇◇◇
十二年目の絹婚式には、四年前にもらったヘアゴムの替えをお願いした。
髪を大切にすることで、自分自身も大切にしようと思えた。
◇◇◇
十三年目のレース婚式、彼はレースの袋に入ったポプリを家中に置いた。
花婚式の後、ドライフラワーにしたものを詰めたらしい。
九年近くも昔のことなのに、彼の気遣いや細やかさには感心してしまう。
◇◇◇
十四年目の象牙婚式、実家から引っ張り出してきたであろうピアニカで、結婚行進曲を弾いてみせた彼。
いつの間に練習したのだろう。
「ピアノの白鍵をアイボリー(象牙)、黒鍵をエボニー(黒檀)と言うんだって。僕ら全然違うけど、僕はこれからも君とハーモニーを奏でていきたい」
歯の浮くようなセリフにこちらまで、胸の奥がむず痒かった。
◇◇◇
十五年目の水晶婚式、彼は親指大の水晶をくれた。
「パワーストーンだって。君が少しでも良くなるように」
「変な宗教じゃないよね? りっ君は騙されやすいんだから。私が死んだ後、ちゃんとした人見つけなさいよ」
軽口のつもりだったが、彼は口をへの字に曲げ、何か言いたげに私を見つめた後、逃げるように買い物へ行った。
ベッド脇に飾られたその水晶を見るたび、私は、その日の彼の潤んだ瞳を思い出すのだった。
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