5.落花のかげり

1/1
前へ
/6ページ
次へ

5.落花のかげり

 二十年目の磁器婚式。  私が100均の茶碗をリクエストしたことに、彼は納得がいかないようだった。 「五年ぶりの記念日なのに、よかったの? 割れたものの代わりなんて……」 「どんな食器だっていいよ。あなたと一緒ならなんでも美味しいから」  彼は目を丸くした後、くしゃっと笑った。 「次からは大盤振る舞いするからね! 二十五周年が銀、三十年周年が真珠、三十五周年がサンゴでーー」 「そんなに長くは生きられないわよ。次の銀婚式には五十代。私の体は衰える一方なんだから……」 「じゃ、繰り上げて毎年祝おう! 五年おきなんて寂しいと思ってたんだ! 最後のダイヤモンド婚まで、あと八回だね!」  明るく振る舞う彼。 「そうね。でも、千円代にして。これ以上あなたに負担をかけたくないの」  最後まで祝い切ったら彼も、私を養うという責任から解放されるかしらーー。  翌年から私たちは、五年おきに訪れるはずだった結婚記念日を先取りして祝った。 ◇◇◇  銀婚式にはアラザンの乗った手作りクッキーを二人で食べた。  銀色の小粒のざらつきも、その正体が分かっていれば、結構面白く感じられるものだ。  彼にとって私は、この銀粒のような存在だったのかも知れない。 ◇◇◇  真珠婚式には山ほどマシュマロを食べた。  フワフワと優しい口どけに、学生時代のホワイトクリスマスを思い出した。  降ってきた雪を舌でキャッチして、ケラケラ笑っていたっけ。  今思うとバカだったけど、純粋に楽しかったな。 ◇◇◇  珊瑚婚にはコーラル色のベリームースを、ルビー婚には宝石みたいなさくらんぼを、ひたすら貪った。  まるで、「あの日」を境に送り飛ばされてしまった、甘酸っぱい日々を取り戻すようにーー。 ◇◇◇  そしてサファイア婚。 「これくらいしか思いつかなかったんだ……」  彼は謝りながら青リンゴを差し出した。 「ううん、これがいい。青なんて、見たくもないからーー」 「本当にごめん……」 「だから、あなたは悪くないってば!」  ずっと封印してきた涙が堰を切った。  あの日、幸せいっぱいの新婚旅行中、突然飛び込んできた青い車に、私の首から下の自由は奪われた。  誰が悪かったわけじゃない。ただ不運に見舞われただけ。  どうにもならないことを嘆いても無意味だと、自分に言い聞かせ、割り切ってきたのに……。  文字通り、ブルーな結婚記念日だった……。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加