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案の定、梓の姿は元に戻らなかった。次は渋谷駅だ。ここには航の大学がある。
「俺さ、大学卒業したらフランス行こうと思ってるんだよね。アヤノと一緒に」
周囲に言えない事情のある恋。邪魔される恋。それを永遠にするために誰も自分たちを知らない国へと行く、至極当然の感情だ。だから大学ではフランス語を学んでいるという。
「結婚するの?」
「うん、フランスでなら結婚できるから」
そうか、日本国内での結婚にこだわる必要はないのか。と、目から鱗が落ちたのはこの日だ。
「僕ももぐろうかな、フランス語の授業。僕も日本じゃ結婚できないからさ」
「いいぞ。語学、小教室の授業多いけど大教室の授業も結構とってるからそっちなら案内してやるよ」
「サンキュ」
「そこはフランス語でメルシーって言えよ」
大学のキャンパスにたどりつき、アヤノさんと合流する。
「初めまして。綾野泰助です。いつも航がお世話になってます」
綾野さん、航の彼氏は随分と顔が整った人だった。僕より二十センチほど背が高い。
「航にはもったいないくらいの人だな」
「おまっ、それは俺に失礼だろ」
悪態をつきながらも航は嬉しそうにしていた。
「悠君も恋人がいるんだよね」
「はい、結婚したいと思ってるんですけど、できなくて」
日本の現行法では、結婚には二人の証人が必要だ。親と縁を切った僕にはその当てがなかった。
「いいよ、証人になっても」
「え、でも、紹介もしてないのに」
綾野さんどころか、航も梓に会っていない。なのに、二人は授業の後、婚姻届にサインをしてくれたのだ。
「恋人の友達が困ってたら協力するのは当然だよ。やっぱり、好きな人とは結婚したいよな」
現行法で結婚できない二人は愛する人と結婚するためにフランスに行くことを決意した。だから、僕の気持ちも汲んでくれたのだろう。
結婚という形をとらなくたってずっと一緒にいられる、そんな言説は結婚という選択肢を許された者たちの傲慢だ。形にこだわらないのが真実の愛? ふざけるな。形を求めて何が悪いんだ。
「したいです」
そう答えながら、一回目の僕は泣いてしまった。何回ループしても泣きそうになる。あの日、改めて梓と絶対結婚すると誓ったのだ。だから僕はこの記憶をいじりたくなかった。
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