カンジョウ、ぐるぐる。

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 この後、停車する駅は出来事の順番が前後する。池袋駅での記憶はフランスから返ってきた後のものだが、上野駅は小学三年生の頃に家族ぐるみで上野動物園に旅行に来た時のものだ。パンダの体調不良でパンダを見られず落ち込んでいる僕と梓を、僕たちの両親が見守っている。ここでいつも記憶が不自然に途切れる。  電車が東京駅に到着する。いよいよXデーの記憶だ。高校の卒業式の後、僕たちは家に帰らず、制服のまま東京へと家出してきた。僕らは十八歳だ。住居だって借りられるし、就職だって親の許可を得る必要のない成人だ。  東京は大きな町だ。映画館だって、カラオケだって、僕らがデートした町のものよりずっと大きい。ここから一本電車に乗るだけでディズニーランドにだって行けるんだ。きっと式場だって地元のものより遥かに華やかだ。  ここでなら、僕は梓との結婚の約束を果たせる。そう思っていた。 「ねえ、やっぱり帰ろうよ」  あの日、泊まろうとしたネットカフェの前で梓が急に告げた。 「ダメだよ。あの町にいたって結婚できないじゃないか」 「どうしてそこまで結婚にこだわるの?」 「だって、約束したじゃないか」  僕はあの日、こう答えた。梓は悲しげな顔をして言った。 「悠は変わっちゃったね」  僕は激高した。僕はこれから先もずっと変わらない二人であるために結婚しようとしているのに。そのためにずっと変わらないようにしてきたのに。僕の生き方に対する冒涜だと思った。 「ふざけんなよ、何でそんなことが言えるんだよ!」  僕は変わらないままでいようとした。梓以外の友達だって作らなかった。梓が好きになってくれた僕のままでいようとした。  でも、梓はカラオケでは新曲をどんどん歌うし、知らない場所に行きたがる。梓と同じものが好きな僕であり続けるために新しいコンテンツを追いかけたけれど、本当は梓が変わっていくのが怖かった。 「変わろうとしてんのは梓の方だろ! やめろよ、変わらないでくれよ」 「……やっぱり、だめだよ。このままじゃ」  そう言うと梓は走り去ってしまった。僕は追いかけたけれど、梓の手は掴めなかった。僕の目の前で、梓は車に轢かれた。十八歳の若さで、梓は死んだ。  死後も梓は幽霊としてずっと僕のそばにいてくれた。あの日のままの美しい姿で。どういうわけか、テディベアの姿になってしまったが、そもそもあの事故がなければ梓は死ななかったのだ。  泣き落としたり、謝ったり、手を強く握って離さなかったり、何度もいろいろな方法を試したが梓は僕の腕の中から消えてしまう。そして、車に轢かれて命を落とす。轢き逃げした車のナンバーはループした世界で知ったけれど、それをどう活用すればいいのかは結局わからずじまいだった。 * 「梓はあの時、何を考えてた?」  ぬいぐるみになった梓に問いかける。 「私は、ただ……」  その答えを聞いて僕は自分のすべきことが分かった。
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