カンジョウ、ぐるぐる。

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 僕には妻がいる。保育園の時から結婚の約束をしていて、今年十九歳になってようやくそれが叶った。  親には「馬鹿なことを言うな」と反対された。だから、高校卒業と同時に仙台から上京した。東京はいいところだ。誰も僕らのことを知らない。  夜中は特に心地いい。外に子供がいないからだ。僕は子供が苦手だ。 「最後の一周だな」  乗っている環状線の車内放送とスマホの時刻を確認して、妻に言う。この一周が終わったあと、この電車は車庫に入る。 「そうだね」  妻の(あずさ)が返事する。大人は何も言わないが、僕が妻と話しているだけで子供は「あのお兄ちゃん、ぬいぐるみと話してる」といちいち口に出してくるから苦手なのだ。  少し前、梓とフランスに行った。三日目の朝起きたら梓が古びたテディベアの姿になってしまっていたのだ。こうして普通に話せるし、見た目が変わっても梓は梓だ。しかし、梓には元の姿に戻ってほしい。  高校を卒業してもなおセーラー服が似合う梓。綺麗な白い肌、自慢の長い髪、長い睫毛、琥珀色の瞳。その全部が好きなのだから。  そんな僕らに今日転機が訪れた。山手線が駅に着くたびに僕の頭の中に、その駅にまつわる記憶が流れ込むようになった。僕の口も体も勝手に動いている。しかし、強く願えば記憶とは違う行動もできるようだ。 ――正しい道を選べ。  そんな声が脳内に聞こえた気がした。正しい道を選べば、梓を元の姿に戻せるかもしれない。そう思って試行錯誤してきたが、いつのまにか終電の時間になってしまった。 「(ゆう)、席譲ってあげようよ」  はっとして顔を上げると、目の前には松葉杖をついたサラリーマン。僕は席を譲って吊革につかまった。立つと少し頭がすっきりした気がする。  梓は優しい。自分が元の姿に戻れるかどうかの瀬戸際でも、人を気遣える。だから、保育園でみんなの輪に入れなかった僕と友達になってくれた。梓はずっと優しかった。梓がいれば他に何もいらないのだ。  さあ、始めよう。妻を取り戻すための最後の戦いを。
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