浴衣とか嫉妬とか

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「なんか……、歩きにくい」  歩くたびに足に引っかかる裾を気にしながら、夏生は呟いた。 「ん? 少し強く締めすぎたか?」  夏生に浴衣を着付けた光は、心配そうに帯を見つめて言った。夏生は首を振って、自分の浴衣の裾を引っ張る。 「そうじゃなくて、裾が気になるんです。ひらひらしてて邪魔くさい」 「浴衣はそういうものだ。その内慣れるさ」  そう言った光は、平然と歩いている。真っ直ぐな背中と綺麗な歩き方が相俟って、夏生には異常なまでに浴衣が似合っているように思えた。あまりに似合いすぎていて、光の顔が見られないほどに。  風呂上がりの火照りとは違う熱が、夏生の頬を染めている。光はそれに気付いた風もなく、台所へ向かいながらのんびりと浴衣のことを話していた。相槌を打つ間、夏生の胸はどんどん高鳴っている。 「あら、可愛らしい」  台所に顔を出した二人を見て、明日の法事のためにお茶を仕込んでいた五月はにっこりと笑った。 「よくお似合いですわ」 「良かったな、夏生」 「光さんもですよ。でも、浴衣をお召しになったら、本当にあの人そっくり」  苦笑しながら、五月は二人に茶を渡す。 「どうぞ。これがお目当てでしょう?」 「ありがとうございます。……夏生?」 「あ、ありがとうございます!」  我に返った夏生は、慌てて叫んだ。渡された茶を一息に飲み干しても、顔の火照りは引いてくれない。 「夏生? 少し、湯中りしたか?」 「あら、大変。もう一杯召し上がります?」 「だいじょーぶ! だいじょーぶなんで! あ、あの、俺先に上がってますね!」  言うが早いか、夏生は台所を走り去った。残された光と五月は、不思議そうに夏生の背中を見送る。 「……どうなさったんです?」 「さぁ……」 「やかましい」  二階に駆け上がった夏生の前で、突然ドアが開いた。浴衣姿の霖が、思い切り眉間に皺を寄せて夏生を睨む。 「子どもが寝ているんだ。もっと静かに歩け」 「は、はい……」  慌てて走った夏生の浴衣は、早くも少し乱れていた。霖は呆れ顔で夏生に近付き、襟に手を伸ばす。 「な……!」 「動くな。……全く」  至近距離にある霖の顔が、夏生の熱を更に高めた。僅かに残った理性が、必死になって霖から目を逸らす。 「これでいい。部屋に戻れ」  夏生の襟を正した霖は、さっさと部屋に入ってドアを閉めた。霖の姿がなくなっても、夏生の熱は引かない。  しばし呆然とそのドアを眺めていた夏生の耳に、階段を上る音が届く。 「……夏生?」  茶を載せた盆を持った光は、霖の部屋の前で立ち止まったままの夏生に声を掛けた。 「どうした? 部屋に戻ろう?」 「は、い……」  赤くなった顔を俯かせ、夏生はゆっくり歩き出す。風呂上がりとはいえ、耳まで赤い夏生を見て、光はようやく合点がいった。 「そんなに、興奮しているのか?」  光は夏生に歩調を合わせて歩きながら、彼に囁く。 「……してますよ。悪いですか」  半ば自棄になりながら、夏生はぶっきらぼうに返した。 「……兄さんに?」  少し恨めしそうに、光は付け足した。弾かれたように、夏生は顔を上げる。光は真っ直ぐな目で、夏生を見下ろしていた。 「ごめん、なさい……」  途方もない罪悪感が、昼間のように夏生を襲う。光は謝った夏生になにも言わず、自室のドアを開けた。月明かりの中、電気も点けず机に盆を置く光の後ろ姿を見て、否が応にも夏生の心音は高鳴る。 「……入らないのか?」  振り向いた光の目は、少し冷たい。光がそんな目をすると、雰囲気まで霖に似てくるなと夏生はぼんやり思った。  抗い難いその視線を浴びながら、夏生は部屋に入ってドアを閉める。逆光になって、夏生からは光の顔がよく見えなかった。  ただ、冷たい光を放つ目だけが、闇の中で輝いている。 「あの、……俺」  冷めた目をしたままの光に、ゆっくりと夏生は歩み寄った。なにを言っても弁解にはならないと知りながら、それでも言葉を探す。 「霖さんに、どきどきする前から、その……つーさんが着付けてくれてる時から……」 「……夏生」  皓々とした月光を背に、光は歩み寄る夏生を見つめた。そして、首を横に振る。 「……怒ってないから、そんな顔をしなくていい」 「けど!」  すぐ傍までやって来た夏生に、光は静かに手を伸ばす。 夏生を引き寄せた光は、怯えたような幼い目をじっと覗き込んだ。 「昼、言っただろう。お前の気持ちも、兄さんの気持ちもよく知っている。……だから」  光の顔がゆっくりと夏生に近付く。ようやく夏生は、光の頬が少し赤くなっていることに気付いた。 「だから、俺は……、お前があの人に、これ以上……欲情しないように……するしかない」 「……つーさん?」  光はぎゅっと目を瞑り、夏生の唇を奪う。最近ようやく自分からキスができるようになったはずの光は、最初の頃のように震えていた。混乱している夏生の耳に、しゅ、と衣擦れの音が届く。 「ちょ、つーさん!」  唇を引き離して、夏生は光の肩を掴んだ。視線を落とし、床に落ちた帯を見つける。 「なに、やって……」  言葉もなく、光はそっと浴衣の襟に手を掛ける。白い肌が、腰までゆっくりと月光に照らし出されていった。 「夏生……。今の俺に、……欲情するか?」  氷と火、冷たさと艶やかさの混じった目で、光は囁いた。夏生は熱に浮かされたような目をして、頷くことしかできなかった。 「兄さんより?」  冷酷なようで、情熱的な声が夏生の耳をくすぐる。もう一度、夏生は頷いた。  光は微笑した。そして、青白い月光の中でゆっくりと夏生にのし掛かる。何度も口付けながら、光は夏生を押し倒した。 「……夏生、俺は……、俺は、お前のためならなんだってする……。お前は俺に、なにをしたって……いいんだ。だから……」  夏生のすぐ傍にある光の目に、縋るような、それでいて怒りの混じる混沌とした視線が宿った。 「兄さんに、もう欲情するな」  はい、と言おうとした夏生を待たず、光は深く深く口付けた。不器用ながら甘い舌が、夏生の口内を激しく蹂躙する。いつもと全く逆の立場になった夏生は、流し込まれる快感と艶やかな光の姿に、なけなしの理性を吹き飛ばした。  水音を立てる唇を離し、髪に隠れる光の耳に舌を伸ばす。いつもの倍以上に艶やかで、いつもよりずっと小さな声が、光の唇から漏れた。 「……ああ、霖さんに……、聞こえちゃうかもしれない、ですもんね。……声、出したら」  囁きながら、夏生は光の耳たぶを甘く噛み、耳の穴に舌を突き入れる。噛み締めた光の唇から、断続的な艶声が漏れ始めた。 「俺は……、構わない、のに。あの人に、聞かせて、やりたいくらい」  夏生はたっぷりと淫欲を含んだ声を、光の耳に流し込む。 「あんたに、そっくりな、弟は……、男に舐められて、こんなにエロい声、出すんだ……って、教えて、あげたい」  夏生が少し強く耳たぶを噛むと、光は耐えきれずにやや大きな声を上げる。 「あんたの、大事な、弟は……、あんたに嫉妬して、俺にこんなに……舐められたがってる、って」 「夏……生、今、兄さんのことは……!」 「……俺は」  優しく、夏生は光の耳に口付けた。 「俺はこんなに……、あんたの弟を、愛してるって」  至近距離から発せられた愛の言葉に、光は大きく目を見開く。零れ落ちそうになった涙を、夏生はそっと舐め取った。 「……愛してるよ。光。……俺が愛してるのは、光だけだよ」 「知っている……。分かっているんだ、最初から……。だが、苛立ってしまうんだ……。夏生……」  縋るように、光は夏生の胸に顔を埋めた。その指通りのいい髪を撫でつけながら、夏生は空いた手を光のはだけた背中に回す。 「ごめんなさい……。俺が、馬鹿だから……、あんたにそっくりな顔をしてるあの人に、勝手に体が反応しちまう。あの人は、あんたじゃないのに……。あんたみたいに優しくなけりゃ、あんたみたいに愛してくれるわけでもないのに」  きゅ、と夏生は片手で光の滑らかな背中を抱き締めた。夏生の胸に、温かな涙が吸い込まれていく。 「俺、頑張るから。……あの人のこと、意識しないように。だからもう、泣かないでください。……俺が言えたことじゃ、ないかもしれないけど」  髪を撫で続けていた手も背中に回し、夏生は囁いた。 「ねぇ、お願いです。泣かないで……?」  光はそっと、頷く。ゆっくりと顔を上げて、夏生の目をじっと見つめた。 「夏生……、……俺からも、お願いがある」  震える唇で、光はどうにか言葉を紡いだ。 「……激しく、してくれ」  意外な言葉に、夏生は目を見開いた。光の背中に回した手が、びくりと跳ねる。 「俺を……、求めてくれ。兄さんよりずっと……、俺を。そうしてくれたら……、きっと、もう……苛立たない」  その目には、もう濡れきった熱情の光しか灯っていなかった。再度、光は夏生の唇に噛み付くような口付けをする。夏生はそれに応え、彼の積極的な舌を絡め取った。  激しい口付けの応酬で、夏生の首筋まで二人の唾液が垂れる。夏生の浴衣の襟元を濡らしても、二人はキスを止めなかった。時折、互いの甘い吐息が漏れては、いっそう激しい口付けを誘う。月明かりの中、恋人達は夢中になって互いの唇を求め合った。  キスをしながら、夏生は滑らかな光の背中を淫欲の籠もった手つきで撫で回した。そして、もはや掛かっているだけとなった光の浴衣に手を差し入れ、弾力のある尻を強く揉む。快楽と痛みで、光はくぐもった声を上げた。  何度も何度も、夏生は好物の尻を揉んで、撫でた。強く揉んで弾力を確かめ、時折戯れに穴の周囲を撫でては、光をゆるゆると追い詰める。  尻への快楽に耐えられなくなり、光は舌を止めた。荒い息と共に必死に堪えている喘ぎを小さく漏らしながら、激しくも優しい愛撫を受け入れて、潤んだ目で夏生を見つめる。  夏生は口付けを止めて、光の肩に顔を埋めた。そして、白い鎖骨に歯を立てる。 「……うっ!」  激痛に、光は思わず声を上げた。慌てて口を手で押さえ、続く舌の愛撫で漏れそうになった声をどうにか誤魔化す。  光の様子に頓着することなく、夏生は次に広い胸へ吸い付いた。音がするほど強く白い肌を吸って、また歯を立てる。 「な……つき、痛い……」 「ごめんなさい。……でも、綺麗でしょう?」  うっとりと、夏生は光の鎖骨と胸に咲いた赤い花を眺めた。少し出血した鎖骨をもう一度舐めて、夏生は満面の笑みを浮かべる。 「嫌がると思って……、ずっと、我慢してたけど……。でも、想像してた通り綺麗ですね。あんた肌が白いから、余計に映えますよ。俺の物だって……、印」 「……しる、し。……夏生の、物……?」 「そう。……光も付けてよ。俺が、光の物だって、印」  言われるままに、光は夏生の鎖骨に唇を寄せる。夏生の行為を思い出しながら、きゅっとそこを吸った。だが、少し赤くなった肌はすぐに元の色に戻ってしまう。 「もっと……、強く吸ってください。何回でも、いいから。じゃなきゃ、分かんないですよ。俺が、あんたの物だって」 「……夏生……は、俺の……物」  譫言のようにそう呟いて、光は再び夏生の鎖骨に歯を立てた。その脳裏に、霖を前にして顔を赤くした夏生が浮かび上がる。強烈な嫉妬を込めて、光はきつくきつく夏生の鎖骨を吸った。  夏生の口から、くぐもった苦痛の声が漏れる。だが、光はいつものように謝る気にはなれなかった。  ぎらりと輝いた光の目に、再び氷のような感情が戻ってきたのを見て、夏生は無性に嬉しくなった。怒れる恋人は夏生を断罪しようと、胸にも強く歯を立てる。  このまま食われてしまいたい、と夏生は痛みの中で思った。普段、夏生が頼まない限りあまり積極的に求めない光とは真逆の、激しく自分を求める彼に、全てを捧げてしまいたかった。 「光……、もっと、怒って……? 俺、嬉しいよ……」  心のままに、夏生は囁いた。胸の痛みは、どんどん激しくなっていく。このまま心臓を食い破られて、身も心も光と一緒になってしまえばいい、とぼんやり思った。  だが、光は不意に歯を離した。優しい舌が、びりびりと痛む傷をそうっと舐める。何度もそこを往復する舌は、いつもの光と同じで、穏やかな温かさを秘めていた。 「……夏生、……痛い、か?」 「……はい。……でも、光の方が、……痛かったでしょ? ねぇ、もっと痛くしていいよ。光が痛かった分、俺にもちょうだい」  異常なまでの罪悪感を秘めた、どろりとした目が光を見つめていた。咎人は、自ら望んで罰を受けようとしていた。  しかし、光はゆっくり、頭を振る。 「言っただろう? 激しく、してくれって。印はもう、付いた。……さぁ」  光は夏生の上で起き上がった。そして、投げ出されていた夏生の手を、自分の尻に持って行く。 「……やってくれ」  夏生の指をそっと自らの穴に宛がい、光は妖艶に笑った。  キャリーケースからジェルとコンドームを取り出した夏生は、四つん這いになった光のアナルに何度も何度も濡れた指を突き立てていた。時折、白い尻に歯を立てては、歯形を付けていく。  そのたびに、光はくぐもった声を上げ、丸い尻を揺らした。光の浴衣はもう、白い肌の上から滑り落ちている。藍色の上品な浴衣の上で獣のように震える光は、途轍もない倒錯美を夏生に見せつけていた。 「……もう一本、入れますよ?」  光の返事を待たず、夏生はアナルに入れる指を一つ増やした。いつもは一本でもぎちぎちと彼の指を締め付けるそこは、今日に限ってするりと二本目を受け入れる。 「す、げ……。ゆるゆる……」 「……夏生」  光は首をどうにか捻って、自分の尻を嬲る恋人を呼んだ。普段は決して望まないはずの姿勢で、光は淫猥な笑みを浮かべる。 「もう、いい。……入れてくれ」 「け、けど……、まだ」 「大丈夫だ。……夏生、入れろ」  熱に浮かされた声で、光は愛する男に命じた。ごくりと唾を飲み込んだ夏生は、言われるままに帯を取って前を寛げると、震える手でコンドームを付ける。 「……ど、なっても、知りませんからね……」 「構わない。……早く」  急かされるまま、夏生は光の尻に熱の棒を突き入れた。いつもならまだ狭いはずの穴は、きゅうと夏生を締め付ける。  俯いた光は、くぐもった声を漏らしながら、ゆっくりと息を吐いた。少し弛まったそこに、夏生は全てを収める。 「う、そ……。なんで、こんな……」  いつもよりずっと簡単に夏生を収めた光の穴は、途端に強く締まった。それだけで体中の熱を持って行かれそうなほどの快感に、夏生は固く目を閉じる。 「……夏生」  艶を含んだ、そして咎めるような声で、光は悦楽に耐える年下の恋人をまた呼んだ。 「なにをしている。……動け」  どくん、と夏生の胸が強く鼓動を打った。命じられるままに光の腰を掴み、激しく突き立て始める。肩に掛けていた浴衣が、衣擦れの音を立てて腰元まで落ちた。  光は唇を噛み締めて強烈な快感に耐えながら、細い喘ぎ声を漏らしていた。まだ触っていない彼の陰茎は、先走りがとろとろと零れている。それが浴衣に零れても、二人にはもうどうしようもなかった。 「光、光……!」 「なつ……あっ、夏生……!」  恋人達は互いの名を呼びながら、結合部を打ち付け合う。最後に残った夏生の理性が、肌のぶつかり合う激しい音だけを避けていた。  いつものように言葉で責める余裕もなければ、他の部分を弄る暇もなく、夏生は絶頂に近付きつつあった。光はそれを知ってか知らずか、突き立てられるたびに強く中を締める。 「も、イく……」 「夏生……駄目だ。顔に、掛けろ」  三度、光は愛する男に命じた。その、普段は決して聞けない声音に、夏生の頭は完全に支配される。  すぐに陰茎を引き抜いて、夏生は仰向けに倒れた光の上に乗った。急いでコンドームを取り、絶頂を控える自分の陰茎を勢いよく擦る。  声を上げて、夏生は光の人形めいた顔に自分の欲望を飛ばした。  どろりとした白い液が、桃色に染まる光の頬をゆっくりと垂れていく。唇に飛んだ一滴をぺろりと舐めて、光は艶やかな笑みを浮かべた。  普段とは真逆の立場に、夏生は今更ながら強烈な羞恥心に襲われる。用意していたティッシュを抜き取って、急いで光の顔を拭いた。 「……激しくして、って言った癖に……」  少しきつめに愛する男の顔を拭きながら、夏生はぼやく。 「激しかったの、つーさんの方じゃん……」 「……嫌だったか?」  いつものように慈愛に満ちた声で、光は夏生の顔を覗き込んだ。その目はもう、常の穏やかさを取り戻している。 「嫌じゃないです。けど……、いっつもこんなじゃ、俺の身が保たないですよ」 「そうか? ……その割には、素直に言うことを聞いてくれたな」 「そりゃ……、なんか断れなさそうな雰囲気だったから」  快楽に燃える光の目を思い出しながら、夏生は自分の陰茎を拭く。投げ捨てたコンドームをティッシュにくるんで、持ってきた小さなナイロン袋に処理済みのティッシュごと入れた。 「……兄さんの喋り方を、真似てみた」 「は……、はぁ?」  少し拗ねたような目で、光は夏生を可愛らしく睨む。 「あの人にあって俺にないものを考えたら、真っ先に口調が思い浮かんだから。……あの人と、やっているように思えたか?」 「まさか! ちゃんとつーさんでしたよ。ちょっと冷たくって、でも優しくって……。いつもはあんまりあんな風に喋らないから、びっくりしましたけどね」  わざとらしく拗ねた顔をした年上の恋人に、夏生はご機嫌伺いをするかのように口付けた。 「とっても……、綺麗でした。それに、……なんか、かっこよかった。あんなつーさん、俺には虐められない」 「……不満じゃないのか?」  意地悪く訊ねてくる光の頬に、夏生は唇を寄せた。軽く音を立ててそこを優しく吸い、それから自分の頬を擦り寄せる。 「もちろん。普段の、虐めたくなるほど恥ずかしがり屋でうぶなあんたも好きだけど、さっきみたいに男前なあんたも好きですよ。不満なんてあるわけないじゃないですか」  猫のように何度も光に頬ずりしながら、夏生は目を細めた。 「そう言うつーさんこそ、どうなんですか? なんにも文句言わずにあんたの命令に従ってた俺に、不満はないんですか」 「そうだな……。あれはあれで楽しかったよ。いつもはなにを言っても聞いてくれないのに……、嘘みたいに従順だったな」  夏生の頭を撫でながら、光はそっと微笑んだ。 「その方がいい? つーさんが、そっちのがいいなら……、俺、あんたの言う通りにします」 「いいや。お前のやりたいようにやればいい。……言っただろう。俺はどんなお前でも受け入れるよ。お前はなにをしたっていいんだ」  夏生はゆっくりと首を横に振った。光の鎖骨に付いた赤い跡を撫でてから、切れ長な目を覗き込む。 「それはこっちの台詞。俺は、どんなあんたでも好きだ。あんたになにされたって構わない。……さっき、あんたに噛まれた時……、このまま食われて死んでもいいと思った。俺、あんたに殺されたって構わないですよ」 「夏生。冗談でもそんなこと言うな。俺はお前を殺したりなんかしない」 「……知ってます」  ふわりと、夏生は笑った。自分で付けた跡に舌を這わせ、淫猥さと純粋さの混ざった目で光を見つめる。 「それを知ってても、食われたいと思いました。……気持ち悪いですか?」 「いいや……」   それだけ言って、光は幼さの残る顔を引き寄せる。触れるだけのキスをして、癖のあるダークブランの髪を撫でた。  しばらく、二人は折り重なって抱き合っていた。光は夏生の髪を撫で、夏生は光の胸に頬を擦り寄せ、ゆったりと時を過ごす。 「……ところで、つーさんはいいんですか? まだ、イってないけど」  思い出したように夏生が囁くと、光は首を横に振った。 「ああ。なんだか……、満足してしまった。元々、お前に求められたかっただけだからな」 「……あんた、時々ほんとに付いてんのか分かんないような発言しますよね」 「ど、どういう意味だ」  夏生は起き上がり、すっかり落ち着いている光の陰茎を掴んだ。突然の刺激に、光は軽い声を上げる。 「普通、あんだけやったら出したいでしょ。カウパー出てたし」 「カウパー? ああ、興奮すると少し出るあれか」  のんびりと自分の知識を思い返す光に、夏生は深々と溜息を吐く。 「溜まってないんですか? 昨日はすぐ寝ちゃったし、一昨日は旅行前だからって控えたし」 「そんなにすぐ欲求不満になるような歳じゃないさ」 「ちょっと、まだ枯れちゃ駄目ですよ! 俺、少なくとも後三十年はセックスしたいんですから!」  夢のような夏生の発言に、光は軽く目眩を覚えた。 「待て、三十年後の俺は還暦だぞ。無理だろうさすがに」 「そりゃ、その頃には今みたいな激しいのじゃなくて、もっとゆっくりしたのやりますよ。でも、今はまだ若いんだから!」  言うが早いか、夏生は光の陰茎に舌を這わせる。 「がっつかないとね」 悪戯っぽく笑って、夏生は口を大きく開いた。ぬるぬるとした口内の感触が、さっそく光の陰茎に快感を与える。すぐに反応して熱を持ち始めた自分にも、光は目眩を感じた。 「こいつが、そう簡単に、誰かに乗り換えるはず、ない、か……」 「ふぇ? ひゃんへふか?」 「……なんでもない」  そっと苦笑しながら、光は夏生の癖毛に手を添えた。そして、これから与えられる強烈な快楽を思い、目を閉じたのだった。
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