妻はサイボーグなのかもしれない

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 最近、妻の様子がおかしい。  結婚してから一年が経った。  決して、浮気をしているとか、お金がなくなっているとか、そういう次元の話ではない。  三次元というより二次元寄りの話だ。  もしこの悩みを同僚に打ち明けたとすれば笑われる自信があるし、上司に報告すれば呆れられる恐れがある。  それほどにこの悩みは深刻なものだった。  夫婦生活一年目における試練。それは── 「──妻はサイボーグなのかもしれない」  直後、目の前に座っていた男二人は腹を抱えて笑った。  大学時代からの付き合いをしている朝倉と木下。  リンゴが木から切り離されれば落ちるように、二人は案の定の反応を見せた。  ニュートンでさえ二人の反応は当然すぎて法則も浮かばないだろう。  喫茶店の端の席。  俺の対面に座る二人は最後の晩餐ならぬ最後の爆笑と思えるほど笑っている。 「お前らに話した俺が馬鹿だったよ。そんな話を信じれるはずないよな」 「信じるも何も、あり得ないって。奥さんがサイボーグだなんて」 「もし本当にサイボーグだったら一年も経たずに気付くだろ」  二人が言っていることも否定できない。  普通に考えてみれば、妻がサイボーグであることに一年も気付かないはずがない。それだけ長い間一緒にいれば確信していることの方が当然だ。 「で、奥さんとケンカでもしたのか。遠回しに不仲の解消法でも聞きたいんだろ」 「仲はいい。帰ってきたら必ずおかえりなさいって言ってくれる」  朝倉は結婚をしているため、この手の話には慣れているのだろう。 「挨拶し合うほどの関係であれば不仲ではないな。じゃあ何の相談なんだ」 「最初に言った通りだ。本気で妻がサイボーグかもしれない」  俺が本気で言っていると分かると、二人は顔を見合わせ、しばらく固まった。  月から手足が生えるよりも勝る驚きを抱いている。 「頭おかしくなっちまったのか。いつものお前らしくないぞ」 「働きすぎて頭がおかしくなっちまったんじゃないのか」  そうであってほしい。  自分の頭がおかしくなった方がまだ納得できる。 「もし本当だとして、何か思い当たる節があるのか」  妻がサイボーグかもしれないという奇天烈な発想をするからには心当たりはある。  それも一つや二つではなく、忘れているものも含めれば百を超える自信がある。 「これから話すことは、決して俺の頭が狂ったからではないということだけ念頭に置け」 「おk」  どれから話そうかと迷いつつ、目に入ったコーヒーを見て、自然とそこから連想した利尿作用を基に話を切り出す。 「妻がトイレに行っているのを見たことがないんだ」 「恥ずかしいからじゃない? 俺も恥ずかしいから行かないようにしてたし」  朝倉の言っている線も考えた。  だが土曜や日曜、一日中俺が家にいる日でも、妻はトイレに立ち寄ることはなかった。そういえば食事をしているのも見たことはないが……。  もしサイボーグであれば排泄を行わない可能性が高い。  その件について深掘りするつもりはなかった。そのためすぐに次の理由へ移る。 「それだけじゃない。家に掃除機がないはずだが部屋がいつもきれいなんだ。ありがたいことにほこり一つない」 「いい奥さんだな。愛ゆえだね」  それだけの功績を愛だけであっさりと片付ける木下。  だが家にある掃除用具はモップや雑巾だけ。妻がサイボーグであれば身体に掃除機が搭載されていてもおかしくない。  二人は妻がサイボーグであることにまだ疑念を抱いている。  妻が褒められることについては嬉しい。だが今回の本題はそこではない。 「結婚旅行でホテルに泊まったことがある。それなりに高いホテルだったんだが、丁度その日は電気の調子が悪くて充電ができなかった。カメラとか携帯とかあったけど仕方ない。  その日は疲れているし寝ようってなってベッドに入った。疲れているせいかすぐに眠りについたんだが、ボソボソと物音が聞こえて目を覚ました。  妻の声だったから寝言でも言ってるのかと耳を澄ましたんだ。そしたらどうだ。  確かに妻の声で『充電してください』って聞こえてきた。もう明らかに電気を必要とする生命体の寝言でしょ」 「携帯の夢見てるんじゃない」 「寝言は何でもありだからね」  携帯の夢ってなんだよ。自分が携帯になって世界中の人の会話を傍受でもするのか。  そんなトリッキーな夢を旅行先で見れるほど奇をてらう人物ではないはずだ。 「家では寝言を発したことはないんだ。偶然旅行先で電気が使えなくなったのと、妻の寝言には大きな関わりがあると思ってな」 「それでサイボーグだと」  他の可能性は見当たらない。  もしサイボーグでなければ本当にトリッキーな寝言ということになるが。 「もし気にかかる行動をしていたのなら、それは見落としている何かがあるってことじゃないのか。俺は奥さんが髪を切ったことに気付けなくてケンカしたことがある」  つまりそういうことだと朝倉は言う。  俺は視野が狭くなっていたらしい。  初めて見る妻の行動に受け止められなかっただけなんだ。  最初は相談することで気を紛らわそうとしか思っていなかったが、思いの外既婚者の先輩である朝倉はいいきっかけをくれた。  そういえば今日は結婚して丁度一年目だったな。  この話を妻と笑い話にしようと思い、二人の力を借りていつもより早く仕事を終え、ケーキを買い、帰宅する。 「よしっ」  玄関の前でネクタイを整え、妻とどういう会話をするかを頭の中でイメージトレーニングする。  人気のバトル漫画ほど長く濃い葛藤を終え、いざ扉に手をかける。 「彩子(さいこ)。ただいま」  妻の名前を呼び、玄関の扉を開ける。  いつものようにおかえりと言ってくれるはずだが、しばらく待っても一向に返事がない。  眠っているのか、それとも出掛けているのか、気になりはしたものの朝倉からの助言を思い出す。  この一年、妻を不機嫌にしてしまうことがあったかもしれない。  それでもこのケーキを囲んで本心を話せたら。  希望を持ってリビングへ向かった。 「──っ!?」  リビングに入った瞬間、俺は驚くことになる。  リビングに通じる扉を開けると食卓と椅子がある。そこに妻がよく腰掛けているため、俺の目にもすぐに妻が映った。  普段の妻は長い茶髪をポニーテールにしている。  だが目の前にいる妻は、実験に失敗した博士のように爆発した頭をしている。文字通り髪は焦げ、アフロのようになった頭から煙を噴いている。 「な、何があった?」 「優くん。今日は早いんだね」 「いやいやそんなことより、明らかに気になる点があるんだが……」  俺は妻のもとまで歩み寄り、爆発した髪を凝視する。  一体何が起こればこんなことになるのだろうか。 「髪型変えようかなって思って」 「大胆すぎやしないか」  最近は頭から煙を噴かせるトレンドがあるのか。 「優くん、この髪型どう?」  俺はその質問にどう答えればいい。  似合ってる、と言えば喜ぶのか。だがこれは似合うどころの話ではない。  世界中どの国からも心配の声をかけられるに違いない。  妻の髪型を見てしばらく考えていた。  それを見て思い出したんだが、サイボーグの男が潜入ミッションをする映画をこの前見た。髪型を変える際、かなりの電力を消費して自在に髪型を変えていた。  どうやら髪型を変えるには相当な電力が必要らしい。  気になって下を見てみると、コンセントが抜け落ちている。どこのコンセントかと追ってみると、行き着く先は妻のスカートの中。  いや、まさか……。  俺はサイボーグ疑惑の誤解を話そうと思って来た。サイボーグ疑惑が事実であってはいけないのだ。 「なあ彩子。もしかして──」  サイボーグなのか、と口を開きかけた。  だがまだ勘違いであるという一抹の可能性があったため、 「今日は結婚して一年。ケーキを買って来たんだ」  カーレース並みにハンドルを切り、話を変えた。 「嬉しい。ありがとね」 「ところで、俺は一旦どっかいなくなった方がいいか」 「うん。そうかも」  なんとなく踏み込めず、俺はしばらく自室に隠れて時間を待った。  十分が経った頃、リビングに戻る。先ほどまでの光景が嘘だったかのように、妻はいつものツインテールに戻っていた。 「やっぱ可愛いね」 「ありがとう」  妻はスカートからコンセントをちょこっとはみ出させながら、可愛い仕草で俺にウインクをする。  ときめきつつ、頭を抱える。  本当にサイボーグじゃない可能性もあるわけだ。  これまでおかしな点はいくつもあった。  電気代が他の家庭の平均の二倍はあること。  電気自動車を一度も充電したことがないのに走行できること。  ごみ捨て場にある電化製品を見ると涙を流すこと。  遮蔽物の奥にあるものを当てれること。  俺は思う。  妻はサイボーグなのかもしれないと。  だがそれでいい。  俺はそういう妻に惚れたのだから。  数日が経ち、家計簿の計算をしていた妻。  通りすがりにチラリと見ると、電気代の確認をしていた。  その月の電気代は先月の二倍だった。 「ああ、やっぱサイボーグだ」
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