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しあわせのかたち
「ねね、結婚って楽しい?」
大学を卒業して早々に結婚をした私に、同期の香代が聞いてきた。
久々に大学時代の同期で会っているランチにて。奮発してホテルのビュッフェ。
「んん、楽しいと言えば楽しいかな。まだこどももいなくて二人だし」
「もう3年だよね、でもこどもがいないとまだまだ康隆さんと二人で新婚さんって感じなの?」
「そうでもない」
「え?」
力強く否定した私は慌てて手を横に振った。
「ちがうちがう、新婚さんだよ、ずっと新婚さん。それより香代もそろそろなの? そんなこと聞いてくるの珍しい」
「ふふふふ、わかる? そろそろかなあって。恭ちゃんが結婚情報誌一緒に見てくれるようになったんだよね」
「香代が目の前で開いてたんじゃないの?」
「ふふふ。違うんですよ、恭ちゃんが、自ら、コンビニで買ってきたの!!」
「ああ、恭一さんの好きなタレントさんが載ってたんじゃないの?」
「もう! 保美ったらいじわる!」
香代は言って、ぷくうっと頬を膨らませた。けれどすぐに目元口元を緩ませる。
「でもさあ、これはもうすぐのサインじゃない? たーのーしーみ!」
「こらこら、期待値上げすぎると恭一さんがプレッシャー感じるよ? 圧っていうの?」
「あっそっか。圧はこわいね、気をつける」
ちらりと舌をだして香代は肩をすくめた。
そんな様子からも幸せなオーラが漂ってくる。
私はビュッフェのデザートをとってくる、と言って席を立った。
ちょっと幸せのオーラがまぶしい。
*
「ねえ、今度、大学の同期の香代が結婚するかもしれないの。楽しみじゃない? 私たちのあとってまだまだ未婚が多いし」
「ん」
「香代、おぼえてる?」
「ん」
「ごはん、おいしい?」
「ん」
私は息をとめて目の前の夫をまじまじと見つめた。
言葉が少ないのはもとからだった。
寡黙なところがよくて、静かにずっと、大学時代から好きだった。
それで結婚したのだけれど。
「ねえ、私のこと好き?」
「ん」
「楽しい?」
「ん」
「今日、何の日?」
「ん」
わかっているのかわからない。
信じていていいのかわからない。
今日は12月24日。気づいていないかもしれない。
しばらく無言になった。ただ食器がカチャカチャと音をたてていた。
食事が終わって、冷蔵庫からケーキを取り出し準備する。
コーヒーの香りが部屋を満たす。私の好きな香り。
テーブルにケーキとコーヒーを並べると、その横に康隆が細長い箱を置いた。
「これ」
「なに?」
「クリスマスだから」
長細い箱に入っていたのはネックレスだった。
こんなものをくれたのは結婚前が最後。
新婚1年目も2年目も、仕事が忙しくて用意できなかったと言っていた。
「いいの?」
「クリスマスだから」
「……うん」
クリスマスだから、と私もケーキとキーケースを用意していた。
使ってくれるのかもわからなかったけど。
「それでさ、僕はね」
そこで言葉をとめて、康隆は小さく息を吸った。
そして10秒くらい沈黙したあとで口を開く。
「ちゃんと一緒にいたいと思っているから」
「……うん」
「ほんとだから」
いつもよりはたくさん喋る。これはクリスマスの魔法なんだろうか。
それきり黙ってしまったけれど、顔が赤いから照れているのかもしれない。
「ありがと。私もちゃんと」
「ん」
「もどってるよ。でも好きだよ」
「ん」
康隆は渡したキーケースを大事そうにじっと見つめていた。
私もネックレスを取り出してつけてみる。
「似合う?」
「ん。きれい」
「ダイヤが?」
「保美が」
やっとくれた一言に私は大きく頷いた。
康隆が目を細くして笑ってくれた。
照れ屋で言葉足らずな康隆にしてはとても頑張ってくれたと思う。
それが素直に嬉しかった。
信じていていいんだと、思った。
*
香代の結婚式は初夏に行われた。
晴れた日に映えるオレンジのドレスが香代のかわいらしさ綺麗さを、より強調してみせてくれる。
私は首元に、クリスマスに康隆からもらったダイヤのネックレスをつけた。
あの康隆が選んだかと思うと口元が緩む。
どんな顔をして選んでくれたのだろう。
考えるだけで幸せになれる。
「香代、おめでとう」
心からそう言える。
香代が笑ってブーケをトスしてくれた。
『私が受け取っていいの?』
アイコンタクトに香代はにっこり頷いた。
こんな話も、康隆にしたいと思う。
楽しかったこととか。
面白いこととか。
香代が綺麗だったこととか。
きっと康隆は、うんうん、しか言わないだろうけれど。
あ、『うんうん』は禁止にしてみようかしら。
どんな顔をするだろう。
楽しみだな。
そんなことを考えて、私はブーケをぎゅっと抱きしめた。
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