コーダは君に会いに来た

2/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 *** ――ほんと、大人ってろくなもんじゃねー……。  二十六歳、独身、彼氏ナシ。  大学を卒業して新卒で今の会社に入った時は、それなりに誇らしかったものだ。誰もが知っている有名な家電メーカー。自分は企画や営業ではなく、データ入力などがメイン業務の事務仕事でしかないが――それでも親は安心してくれたし、給料も悪くない。きっとこのまま良い恋人や友達を見つけて、順風満帆な人生を送れると思っていたのである。  甘かったと気づくまで、そう時間はかからなかった。  煙草休憩だのなんだのと言って、一時間ごとに席を立っては十分以上返ってこないヘビースモーカーのおっさんども。  正社員だからといって、自分の失敗の責任をなんでもかんでも我々に押し付けてくるめんどくさいパートのおばさんたち。  ちょっと用事があって喋るたびに、じろじろと人の胸ばっかり見てくるセクハラギリギリの係長。  そして、男たちにばかり愛想よくして、裏では同性の悪口ばかりひそひそ言って、しまいには自分の仕事をまるっと押し付けてくるお局さん。  大人になれば、みんなしっかりしていて、大手の企業の社員なんてみんな洗練されているとばかり思っていたのに。いるのは“ガキかよ!”と思うほど見栄っ張りで、面倒くさくて、人の迷惑を顧みない人間のオンパレードだった。勿論、真っ当な社員も存在する。課長だって、気が少し弱いだけでけして悪い人じゃないし、同僚の女性社員や男性社員は年上であっても真面目で優しい人達だっている。  しかし、誠実な人であればあるほど人間関係に悩んで疲れ果て、休職してしまうことも少なくない。  こんなことなら大人になんて、会社員になんてなりたくなかった。ずっと子供で、学生でいたかった――なんていうのは幼い考えだろうか。 ――まあ。私も最近はいっつもカリカリして、酒飲んで逃げてばっかだし。……子供達から見れば同類なのかもしれないけどさ。  今日も結局七時半まで残業し、嫌になって居酒屋に飛び込んで、こんな遅い時間まで飲んでしまったというわけである。  まだ火照った体を、秋の風で冷やしているというわけだ。一人寂しく、公園のベンチに座って。  少し休んだらさっさと駅に向かわなければいけない――終電の時間になる前に。わかっているのにイライラが消えず、どうしても足が動かないのだった。 「もし」  うまくいかない周囲にもイライラするし、それにイライラする自分にもイライラする。一体どうすればいいのか、なんて思っていた時だ。その声が突然、すぐ横から聞こえてきたのは。 「もし、そこのお嬢さん。眼鏡で、ショートヘアに、スーツのお嬢さん」 「!?」  最初は空耳かと思ったが、違う。私はぎょっとして周囲を見回した。近くには誰もいない。離れたところを、私と同じくよっぱらったカップルが通過していったのみである。  一体どこから、と思った時に気付いた。ベンチの隣に、小さな小さな影がぽつんと座っていることに。 「え、え?」  それは、小さなテディベアのような姿をしていた。茶色い熊にしか見えない、掌サイズのぬいぐるみだ。ただ背中には四角い機械のようなものを背負っていて、まるで宇宙飛行士のような(ヘルメットはないが)白くてゴテゴテしたスーツを着ている。  私はぽかん、と口を開けるしかなかった。 「に、クマの人形が、喋ってる?」 「失礼な。わたくしはコーダ!クマでもなければ人形でもありません、れっきとした知的生命体です!この惑星では、いわゆる異星人というものなのかと思いますが?」 「い、いせーじん?」  んなアホな、と私はごしごしと両目をこすった。酔っぱらいすぎて夢でも見ているのだろうか。 「実はわたくし、大変困っているのです。お嬢さん、力を貸してくださいませんか。どうしても、会いたい人がいるのです、探して欲しいのですよ」  そしてクマ――ではなくコーダという謎の異星人は、その小さくてふわふわした手で私のスーツの袖を引っ張ったのだった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!