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俺が小学生の頃、12月23日はまだ天皇誕生日で休みだった。
2学期の土曜参観の振替を24日に持ってきて、22日には終業式で冬休みに入ってた。
「律ー! 起きてご飯食べてお店手伝ってー」
「んー…」
とはいえ、うちは酒屋で、クリスマス前から正月までは一応書き入れ時ってことで、遊びに行くどころか、毎日家の手伝いだった。
弟の信がもっとちっさい時は遊び相手、で、俺が小4になった今は店のちょっとした品出しなんかの手伝い。信はまだ小2ですぐ飽きるから家に置いといて、ちょいちょい見に行ってやる。
「じゃあね、律。そのシャンメリーにこのリボンの付いたくまさんのシール貼って。こんな感じで」
母が赤いリボンの付いたシールの入った袋と、見本のシャンメリーを差し出してきて言った。
「充分キラキラしてんじゃん、袋が。まだ付けんの?」
袋に入ったシャンメリーの瓶を受け取って眺める。
「シールも貼った方が売れたの!去年。だから貼って」
はい、って渡されたシールを「ふーん」って思いながら見て、「はいはい」って言ったら「返事は1回!」ってお約束の注意をされた。
店の手伝い用のエプロンをして、大きめのポケットにシールの袋を入れた。中から一枚シートを出して、箱に入ってるシャンメリーを一本ずつ引き抜いては見本通りの所にシールを貼っていく。一箱分貼り終わったあたりで母が様子を見にきた。
「貼れた? じゃ、お母さん運ぶから、あんた並べて」
「へいへい」
店頭のよく見える所に、向きを揃えてキレイに並べていく。この作業は割と好きだ。
通りを親子連れなんかがちょっとウキウキしながら歩いてる。この時期はどこの店もBGMはクリスマスソングだ。その楽しげな音楽の合間に、いつもの入店のピロピロが聞こえた。
「いらっしゃいませー、って、あ、空じゃん」
空はお母さんの後ろに隠れ気味に入ってきてる。その後ろにはお父さんらしき人も見えた。
「りっくん! おてつだい?」
お、かわい
さっきまでちょっとおどおどして見えた空が、俺が声をかけたらニコって笑った。
「そうそう。空はみんなで買い物? シャンメリー買ってく?」
並べたシャンメリーを指差すと、空がちょっと下唇を歪めた。これも可愛い。
「ごめんねー、律くん。空、炭酸飲めないのよ。痛いんだって」
空のお母さんが空の頭を撫でながら言った。
「口のなか、パチパチして、いたいから…」
ちっさい手で唇をちょっといじって、俺を見上げながら空が言った。
「そっかぁ、そっかそっか、痛いのか。かーわいいなぁ、空は」
あははって、つい笑ったら、空がちょっと睨んできて、それも可愛かった。
「だから、オレンジジュースかってくの」
空はじっと俺を見上げながらそう言って、唇をきゅっと結んだ。
「うんうん。オレンジジュースな。こっちおいで、空」
空の手を引いて、ジュースの棚の前まできた。
「空の好きなのどれ?」
「あれ! みかんのえがかいてあるの。りっくん、とって?」
棚の上段に並んでる、四国のメーカーが作ってるおなじみのオレンジジュースを指差して空が言った。
「いいよ。これな? うまいよな、これ。俺も好き」
うんって勢いよく頷いた空に、ジュースを1本取ってやる。
「あ、律くん、それ2本ちょうだい」
棚の向こうから空のお母さんがひょいと顔を出して言った。
「はい。ありがとうございます。他もありますか?」
「あとね、ビールとワイン買ってくわ。今お父さんが選んでるから」
「じゃあ、このジュースレジに持ってっときますね」
うん、って頷いた空のお母さんの仕草が空と似てて、親子だなあって思った。空のお母さんはこの辺で評判の美人さんだ。
そりゃ空も可愛いってもんだ。
空はお母さんたちの方じゃなく、俺の後に付いてきてる。
「あ、そうだ」
レジにジュースを置いて、ポケットを探る。空が俺を不思議そうに見上げてる。目ぇまん丸でめっちゃ可愛い。
「シール貼ってやる。クリスマスの」
サンタ帽を被ったくまの絵のシールを、オレンジジュースのペットボトルにぺたぺたと貼った。
「かわいーね。ありがとう、りっくん」
そう言って笑った空の方が、シールのくまより何倍も可愛かった。
小学1年生の空は、ちっさくてすげぇ可愛かった。
あれから9年経って、今もやっぱり空はめちゃくちゃ可愛い。
「お、ツリー飾るんだ、部屋にも」
空の部屋の机の隅に小さなクリスマスツリーが飾ってあった。
「ん? これ…」
あの時のくまのシールだ。厚紙に貼って、表面はセロハンテープで仕上げてある。
「りっくんが貼ってくれたシール、捨てたくなくて。そしたらお母さんがオーナメントみたいにしてくれてね。毎年飾ってるの」
可愛いでしょ?って言う空があんまり可愛くて、力いっぱい抱きしめた。
「もー、空はほんと可愛い…っ。可愛い可愛い可愛いっ」
「りっくん、くるしい…」
ごめんごめんって頭を撫でて、そのまま引き寄せて口付けた。
「大好きだよ、空」
「僕もりっくん大好き」
こんな幸せで俺大丈夫かな
頬を染めて俺を見上げる空をじっと見つめた。
可愛い可愛い俺の恋人
今度は苦しくないように気を付けて、でも離さないぞと抱きしめた。
空も俺の身体に腕を回してぎゅうっと抱きしめてくれる。
「来年も再来年もその先も、ずっとずっと一緒にクリスマスしような、空」
「うん、りっくん…」
俺の胸に顔を擦り寄せる空の、サラサラ艶々の髪にキスをした。
きっと何年経ったって空は可愛いんだろうなぁなんて思って、俺は1人でにやにやしながらその華奢な身体をいつまでも抱きしめていた。
了
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