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あの日兄と交した会話は、おれの中でしばらく日々の記憶の一片として沈んでいた。 再び思い出す事になったのはそれからしばらく後になる。 * 貴族の街ルピシエ市の警察官には2種類いる。 1つは刑事課、警察の代名詞とも言える 事件の捜査や犯人の逮捕を行う花形部署だ。そしてもう1つは依頼のあった貴族の護衛を初めとし治安維持のパトロールや災害救助を目的に新設された警備課である。 おれが所属しているのはもちろん後者の方。 もちろんというのは簡単な話で、前者の刑事課に所属するのは教養もあってこの街の未来を担いたがる正義感の強い貴族様連中でしかないからだ。 一方構成員の多くが平民上がりの警備課連中にはおれも含めてだけれど、この街の行く末なんて考えたこともなく、身体1つで得られる貴族水準の給料に目が眩んだ奴らばかりだと思う。 例外は確かに居なくもなくて、平民ながらに本気でこの街に貢献したいと使命感を燃やす人も稀に見る。 立派だ。ご立派だけど、そんな熱血系はその他大勢にせせら笑われている程浮いている。 …改めて考えると警備課は嫌な連中ばかりだ。日頃のキツいスパルタ訓練だとか、護衛対象の貴族から蔑まれたりで知らずにストレスが溜まっているとか? おれも兄がマフィアだからと言って嫌な先輩にはだいぶ虐められたし…いやこの話は前もしたからもういいんだ。 おれが言いたかったのは刑事課と警備課は偏にルピシエ市警察と言っても全く異なる存在だという事で。貴族が刑事課、平民は警備課。頭を使うのが刑事課で身体を使うだけで捜査権すらないのが警備課…兄は身分制度を過去のものだと言うけれど、ここには今も身分がそのまま格差となって根強く残っている。 だからおれも、その日は護衛対象の貴族に打たれても何も言わなかった。
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