12月。

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「で」 「で?」  智花がそう聞いてきたので、私はどういう意味か図りかねてオウム返しをしてしまった。 「和哉くんと、寄りを戻すことになりそうなの?」  和哉との電話の内容も話していた。 「わかんない。どっちにしたって遠距離だよ。私、向こうに行く気ないもん」  そう。私はこの土地を離れるつもりはない。地元から就職で越してきて13年。この土地は居心地が良すぎるのだ。友達もたくさんいる。 「和哉くんが来てくれるって言ったら?」 「そりゃもうすぐ寄り戻すよ、当たり前じゃん」  言いながら、そんな夢物語があるとは思えない自分がいた。そんな、自分に都合のいい話があるわけがない。こちらに和哉が来るということは、よりを戻すことと同義だ。あったら、その時こそ本当に死んでしまいたいと思う。関係が風化するのも、ぞんざいに扱われるようになるのも考えただけで恐ろしかった。一番幸せな瞬間に死にたい、そう思った。 「あんたが死んだら悲しむ人間がここにいることは忘れないでよね」  智花が眉を寄せていた。本当に死ぬことなんてないのに、そう思って私は大丈夫よ、まずあり得ないから、といった。死ぬこともあり得なければ、和哉がこっちに来るなんてこともあり得ない。  マッカランのソーダ割りがもう空きかけていて、次は何を飲もうかな、と考えていた。和哉とバーに行ったことが一度だけある。あの時は、夜遅くでほかに入れる店がなかったから入ったけれど、今だったら、行きつけのこのバーに連れてきたいと思った。がもしあるのなら。 「あるといいね、今度」 「期待はしないけどね。和哉との約束はことごとく反故にされてきたし、今更期待なんてできないもん」 「そういうところがほんと、ダメ男よねー」  智花が言って、二人で笑った。和哉とはたくさんの約束や未来の話をした。けれど、実際には付き合いはほんの少しの間で、私たちの未来は何一つ果たされなかった。和哉とだけじゃない。色んな男と付き合ってきたが、どこかに行こうだとかの約束は果たされたためしはほとんどない。  ひまわり畑に行こうね。  海、行きたいよね。  旅行に彼氏とも友達とも行ったことないんだよね、行こうよ。  すべて果たされなかった軽い口約束だった。それが果たされないことにただただ切なさを覚え、いつしか男に期待などしなくなっていた。約束など、挨拶みたいなものだと思うようになった。私の周りはそんな男ばかりだった。
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