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――――いい香りがする。
――――いい香りがする。
馬車が揺れる度、リティアの髪がヴェルターの頬をくすぐった。リティアは、いざヴェルターの肩に身を預けるとそのたくましさに驚いた。服の上からではわからない肩や腕の感触。
「ヴェルター、あなたって着やせするのかしら。あなたの美しい顔の下がこんな男性的だなんて、誰も知らないのでしょうね」
リティアは緊張のあまり妙なことを口走ったが、心、肩にしかあらずのヴェルターは深く考えずに返事をした。
「いや、結構知っている人は多いよ」
さっき、裸を人に見られる抵抗はないと言ったばかりだ。侍女とか、侍従とか、剣の稽古では上着を脱いで汗を絞ったりした。リティアはヴェルターのその返答にびくりと肩がすくみ上り、その振動はヴェルターにも伝わった。
「どうかした? 」
「いいえ」
何事もなかったようにリティアを伺うヴェルターに、リティアも何事もなかったかのように肩へ身を預けた。
「……だ」
「え、何? 」
「いいえ、少し休んでもかまわない? 」
「ああ。近くなったら起こすから。お休み、リティ」
嫌だ。リティアは嫌だと思った。ヴェルターの身体を知る人がいることを、嫌だと思った。リティアは、この感情を呑み込むために、きゅっと唇を噛んだ。ヴェルターがふっと笑った気がした。
ヴェルターはリティアが眠れやすいように出来るだけ動かないように努めた。自分はリティアが近くにいたら緊張で身体が強張るというのに、リティアはこうも安心して眠れるものかと、信頼されている嬉しさと、自分の心情とリティアの心情との隔たりを感じ、複雑な気持ちに身を置いていた。
馬車が宮殿に着くまではもう少しかかるだろう。
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