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宮殿の正面玄関扉を開けると、独特な薬草のような香り。それから怒号とも悲鳴ともとれる声が聞こえてきた。リティアはひっと身をすくめヴェルターの手をぎゅっと掴んでしまった。ヴェルターもぎょっとはしたが直ぐにくすくす笑い出した。
「賑やかだね」
「……賑やか? 何か魔物でもいるのではないかしら。それとも猛獣? 」
リティアがおびえていると、柱の陰からぬっと大男が出てきた。じっと観察するような視線を走らせる男は唇から顎にかけて傷があった。さっきの悲鳴と合わさってリティアの目には恐ろしく映った。男はふっとわずかに顔を緩ませ、すっと礼をした。
「ペール! あなたが先に行くとレディを怖がらせるでしょう」
誰かの澄んだ声が聞こえた。ペールも自覚があったのかいつの間にかまた柱の陰になるところまで距離を取る。
「ははは、ペール、そんなに気を遣わなくも大丈夫だよ。リティ、彼は寡黙ではあるが、優しい人だから」
ヴェルターに言われ、リティアは自分の態度が失礼だったと詫びた。
「申し訳ございません、私の方こそ失礼な態度を。お許しください」
ペールはこくり頷いた。口を開こうとした瞬間、さっきの誰かの声でかき消された。
「さあさ、ヴェルター、私にもそちらの麗しい令嬢を紹介してくださる? 」
そう言って階段から降りてきた女性にリティアは息を吞んだ。息をするのを忘れるほど美しい人だった。赤毛とは違う鮮やかな紅の髪、甚深なる雰囲気を漂わせた高貴な紫の瞳はまるで精巧に磨かれた宝石のようで、リティアは同じ紫でも、自分の雨に打たれ盛りを終えた花のような色とは違う、とアンの前で自分を卑下した。
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