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アンはそう言ってペールや子供たちの方へと歩いて行った。残されたのはまだ気まずい思いをしているリティアと、本当に大丈夫なのかリティアを気遣うヴェルターだけだった。
「リティ、様子が変だけど、やっぱり、」
「大丈夫! 恥ずかしいのよ、ヴェル。わかってちょうだい」
リティアがそう言うと、ヴェルターもふっと笑った。
「わかったよ、リティア。無理はしないで。なんせ建国祭は始まったばかりで長い日程になるからね。僕たちの自由時間は二日ほど。後は公務になる」
「ええ、わかってる」
じっと至近距離で見つめて来るヴェルターに更にいたたまれなくなる。ヴェルターの視線から逃れようと何度も視線を外す姿がヴェルターの目には不審に映ったのだろう。ため息を吐かれてしまった。
「僕にくらい弱音を吐いても構わないんだよ、リティア」
「ええ、わかってる」
じっと見つめて来るヴェルターの目が綺麗で、リティアはなぜだか泣きたくなってしまった。
「ヴェル、少しお腹がすいたわ。クッキーでも頂かない? 」
「ああ、そうだね。取って来る」
ヴェルターはすっと立ち上がり、戻って来た時にはいくつかのお菓子を乗せた皿を持っていた。その様子に、リティアは微笑んだ。全てリティアの好みに添ったものだったからだ。ごく自然にリティアの好みを把握している。ヴェルターのこういう気遣いがなによりヴェルターらしい。
「どうしたの? 」
「ふふ、この国の王太子にお菓子を取りに行かせるだなんて、とんだ不敬だわ」
「あー……、今日は無礼講。いや、僕に給仕をさせるなんて君が特別ってことかな」
ヴェルターはパチンとリティアにウインクしてみせた。その王子らしからぬ軽薄な動作にリティアは信じられないものでも見た気分だった。
驚くリティアを気にすることなくヴェルターはリティアにクッキーをすすめた。
「ありがとう」
リティアは無礼講ということにしておこうと軽薄な態度を呑み込んだ。動揺してはいけない、と自らを律しながら。
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